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日有上人偽作の破折に関する文証

 投稿者:通りすがりの法華講員  投稿日:2017年 1月14日(土)05時09分2秒 p5231-ipngn6501marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp
返信・引用
  創価学会仏どもが脳髄疼かせた原因になったのは、私があるコメントを某創価学会板でしたことによりますが、そこでコメントした、これまであまり語られることのなかった(と私は認識しています)、戒壇様に関する上代上人様の文証を共有させていただきます。

それは『御会式奉読立正安国論並御申状』です。
日蓮大聖人の弟子・檀那にとって、古来より「お会式に参詣しない人は、大聖人様の弟子でも信者でもない」、「1年365日、寺院に参詣しても、お会式に参詣しなければ、なんにもならない」とまで言われてきた最重要法要です。
そこで奉読されるのが『御会式奉読立正安国論並御申状』です。

『御会式奉読立正安国論並御申状』をみてみましょう。
1.日行上人の暦応五年三月の申状
「法華本門の肝要妙法蓮華経の五字並びに『本門の大曼荼羅』と戒壇とを今の時弘むべき時尅なり、所謂日蓮聖人是れなり。」
ここに、はっきりと『本門の大曼荼羅』としたためられています。
ここに「本門戒壇の大御本尊様は日有上人の偽作」の論拠は崩れ去りました。

2.『三時弘経の次第』
歴代上人が国家諌暁の申状の中に『三時弘経の次第』を副え奉られていますが、これは日興上人様の申状にある『所造の書籍等』になります。
『三時弘経の次第』は「猶開山上人御正筆中に此と同義の本迹法門あり、今其の要文を録す。日興上人正筆『本門弘通事』の中に在り。(歴代法主全書第一巻)」
と『本門弘通事』の記録があります。
御存じの通り、『本門弘通』とは、『日蓮一期弘法付嘱書(身延相承書)』に「日蓮一期の弘法、白蓮阿闍梨日興に之を付属す、本門弘通の大導師為るべき」と大聖人様がお示しになられている通りです。
つまり、
①『三時弘経の次第』『本門弘通事(日興上人真筆あり)』により、日興上人様が『本門弘通の大導師』であること
②日興上人様が『日興跡条々事』で「日興が身に宛て給はる所の弘安二年の大御本尊は、日目に之を相伝す。本門寺に懸け奉るべし。」と相伝されていること
から、歴史学的にみて、「弘安二年の大御本尊=本門戒壇の大御本尊様」が大聖人様から日興上人様へ相伝されたことが証明されます。

つまり、1.2.により、本門戒壇の大御本尊様は日有上人の偽作ではないこと、大聖人様から日興上人・日目上人以降相伝されている事実が、歴史学的に証明されるということです。

ご参考にしてください。
 

通りすがりの法華講員殿

 投稿者:管理人  投稿日:2017年 1月13日(金)14時52分16秒 i125-205-106-86.s42.a014.ap.plala.or.jp
返信・引用
  仰せの旨、了解致しました。

又の投稿を楽しみにしております。
 

管理人様

 投稿者:通りすがりの法華講員  投稿日:2017年 1月13日(金)13時46分21秒 p5231-ipngn6501marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp
返信・引用
  御指導有難うございます。
馬の骨は既に精神破綻をきたしていることは明々白々ですので、相手にして法を下げる意思はありません。

今後は、破折に有益なる郷土史などを調べていこうと考えていますので、また共有できる情報がありましたら、掲載させていただきます。

 

通りすがりの法華講員殿へ

 投稿者:管理人  投稿日:2017年 1月13日(金)12時40分43秒 i125-205-106-86.s42.a014.ap.plala.or.jp
返信・引用
  【再確認】

馬の骨と対論する場合は、他板にてお願い致します。

尚、御自身単独による破折については、其の投稿を許可します。
 

馬の骨へ

 投稿者:管理人  投稿日:2017年 1月13日(金)11時34分7秒 i125-205-106-86.s42.a014.ap.plala.or.jp
返信・引用
  >大月天 このバカ 何とかしなさい。
>法華講員として恥ずかしいでしょ!

バカはオマエだよ。

法華講員として恥ずかしいだ?

ならばオマエは何処(どこ)の者か!

当方は其の事を何度も何度も訊いておる。

しかしオマエは其れに答えようとしない。

ったく、そんな馬の骨が、法華講員として恥ずかしい、などとよくも言う。

ならば、オマエは、何からして恥かしくないのだ。

其れを申してみよ!
 

通りすがりの法華講員殿

 投稿者:管理人  投稿日:2017年 1月13日(金)11時27分32秒 i125-205-106-86.s42.a014.ap.plala.or.jp
返信・引用
  御貴殿が謝る必要などは全くありません。

全ては、馬の骨が悪いのであります。

其の理由は、前(さき)に述べたとおりであります。

尚、当室管理人は、其の投稿者自身が、当室に於いて其の所属宗派及び教団を親告しない限り、
仮令(たとえ)、其の者の所属が他板に於いて明確であろうとも、応答の対象には致しません。
従いまして、此の馬の骨が「創価学会仏」である、という事については、当室として承知する
ものではありません。

下山大工に関する伝承。

須らく読ませて戴きました。

仰せの通り、樟の自生と其の入手はイコールではなく、仮令、樟の自生が完全に否定されようとも、
其の入手などは容易であったという事であります。本より、あれやこれやの寺が建つという事は、
須らく丸太から製材されたのであり、其れらの加工は、すべて大工によって為されたのであります。
尚、其の事については、当方としても昨年十月十五日の投稿文『阿呆な身延の戯れ言を叩く (二)』に
於いて論記しておりますで、もし宜しければ御覧下さい。

何れに致しましても、当室に於いては『馬の骨』は対象外であり、そーゆー『馬の骨』が当室に
於いて批判の矛先を向けようとも、当方の関知する処ではありません。

又、そういう状況の中で、当事者同士が対論する事になろうとも、其の一方に於いて不親告者が
居る限り、当室での投稿は受け付けません。仍って他板に於いて対論して下さい、という仕儀に
成るのであります。無論、通りすがり殿が、其れら馬の骨を呵責する意味に於いて投稿される分
については、何の問題もありません。

重ねて申しましょう。

通りすがり殿が謝る必要などは全くありません。

全ては、馬の骨が悪いのであります。
 

管理人様 お詫びに

 投稿者:通りすがりの法華講員  投稿日:2017年 1月12日(木)21時59分47秒 p5231-ipngn6501marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp
返信・引用 編集済
  御存じかもしれませんが、以下のことを情報共有させていただきます。

<下山大工に関する伝承>

ttp://www3.town.minobu.lg.jp/lib/shiryou/daiku/history00.html

1282(弘安5)年に日蓮聖人が亡くなって間もないころのことです。日蓮聖人にはたくさんのお弟子さんがいましたが、なかでも六老僧と呼ばれる6人の偉いお弟子さんがいました。そのひとりが日興上人で、日蓮聖人のあとを継ぐお坊さんには日興上人を、とみんなが考えました。
 ところが、それに反対する人がいました。そのころ身延の村を支配していた波木井実長です。実長は、前に日興上人から信仰のことで厳しく叱られたことがあり、そのことを根に持っていたのです。そのため、日興上人は1289(正応2)年、身延を去って富士郡へ行ってしまいました。富士郡は、今の静岡県の富士宮市のことです。
 日興上人が身延を去るときに、下山の石川という家の大工さんを、一緒に連れて行きました。この大工さんが、富士郡で「六壺の間」という名前のお堂を建てました。これが、今の日蓮正宗の総本山である大石寺のはじまりです。今でも同じ名前のお堂がありますが、これは大石寺ができて700年たった記念に、最近になって新しく建てられたものです。
 「六壺の間」は、四つの辺のそれぞれが12間(21.816m)ある、大きな建物だったそうです。どのくらいの大きさかというと、身延山久遠寺の本堂の1.5倍くらいです。その建物の内部が横の方向に3区画、奥の方向に2区画の6区画に区切られていたことから、「六壺の間」と呼ばれるようになりました。
 これが、下山大工についてのもっとも古い言い伝えとされています。この話が伝えられているのは、下山の石川武重さん、石川孝重さん、石川与市さんの家です。この3軒の石川さんの家は同じ一族で、大石寺にあるさまざまな建物を建ててきた一族なのです。

下山大工とは、石川・竹下両家を中心として発展した身延地域の在方大工集団であり、江戸時代には芝白金御殿・駿府城・甲斐善光寺の建設にも携わるほどの大工集団とのことです。その石山家に伝わる伝承が上記のものになります。
承久元年(1219年)に石橋八幡神社が再建された時の棟札(「下山大工七郎二」)が存在することから、下山大工は鎌倉時代初期から身延に存在する大工集団であったことがわかります。また、下山大工によると大石寺六壺には正応3年と書かれた棟札があるとのことです。
これは、大石寺が建立された正応3年10月12日と一致しています。

つまり、身延や創価学会仏どもが主張する「当時身延には楠が自生していなかったので戒壇様の楠を入手できない、日興上人が戒壇様を大石寺に移動することはできない」との邪推は、大聖人様御在世時代に身延に大工集団が存在していたこと、身延から大石寺への移動に大工集団が同行していた事実と六壺の棟札の存在から簡単に破折されるのです。

この度は、本当にご迷惑をおかけしています事申し訳ありません。
 

管理人様

 投稿者:通りすがりの法華講員  投稿日:2017年 1月12日(木)17時35分22秒 p5231-ipngn6501marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp
返信・引用
  ご無沙汰しております。
この度は、頭破れた創価学会仏が、御掲示板でご迷惑をお掛けしており申し訳ございません。
創価学会仏どもは、私の破折に反論できず、頭破いてのたうち回るしか無いようです。宗教詐欺団体創価学会の現証と思われますが、ご迷惑をお掛けしておりますこと、お詫びいたします。
 

馬の骨へ

 投稿者:管理人  投稿日:2017年 1月12日(木)11時46分41秒 i125-205-106-86.s42.a014.ap.plala.or.jp
返信・引用
  無知を自覚することが真の認識に至る。

莫迦よ。其れはオマエの事である。

毎日毎日、捨てハンを使い、串を使い、当室に居ない投稿者に対して愚問を繰り返す。

そーゆーオマエこそ、無知を通り越して馬鹿の其れである、という事を認識しなさい。

投稿先の規則を破って、一体何の論議であるか。

相手先の玄関を叩いたら、先ずは名乗るが常識である。

そうであろう。馬の骨よ。

通りすがり氏も、 サワディー氏も当室には来ておらん。

やるなら直接、当人たちとやってくれ。

当室としては甚だ迷惑である。
 

ああ、邪教人 其の五十六

 投稿者:管理人  投稿日:2017年 1月10日(火)16時59分51秒 i125-205-106-86.s42.a014.ap.plala.or.jp
返信・引用
  >増上慢である学会本部執行部の対抗勢力の一つとして
>宿板の使命は大きいと思います。賛同します。

小鼻笑。一大秘法は題目の事だ、という学会と、末法の本仏はお釈迦様だ、という宿坊の板と、
そんな馬鹿な連中が、あーでもない、こーでもないと。…鼻笑。

さても、恩師戸田先生の本尊義にも乖(そむ)く獅子身中の蝗蟲らが、己(おのれ)の言動をして
其の使命は大きいなどと、訳の解からん事をほざいておる。哀笑。

其れにしても何だ。

末法釈迦本仏主義が創価執行部の対抗勢力になるとは、一体如何なる教義から捻出されるのか。
先ずは其の事、宿坊板に投稿している連中は明言すべきであろう。
ったく、そういう根義を蔑(ないがし)ろにして、一体何の正義であるのか。
よいか。腐った材料でいくら像(かたち)を整えようとも、其の成像は腐った像なのである。

>波田地一派が証明不能!波田地一派 ( 宿坊板 )は
>原田会長の「池田先生からの承認」がないとしているが証明できず!
>執行部の不正・悪行を主張するも検証不十分!
>池田先生の近年の著作が偽作だと主張するも証明できず!

哀笑。だから、証明も何も、お釈迦様が末法の御本仏だ、と言っている連中をして、
何故、其れを創価の一員として呵責しないのか。
先ずは其れこそが第一義であろう。
つまり、そういう根義を放置して、凡人の行状に一々文句を垂れる姿こそ、
現創価学会員の瓦解した教学力の実態とも云えるのである。

ったく、そんなオマエらが「折伏」などと、ふざけるものではない。哀哀笑。

>喧嘩上等バチバチ大好きな方どうぞ!!ψ(`∇´)ψ

哀笑。そーよな。そーゆー瓦解教学の言い合いなどは、其れこそは「喧嘩」であるよな。
さても、題目こそが一大秘法だ、と言う池田創価学会と、お釈迦様こそが末法の本仏だ、
という宿坊イタチ派と、一体どちらに軍配が上がるのか。先ずは其の決着を付けなさい。
よいか。我らの宗義に文句するは、其れからの事である。

其れにしても、喧嘩はこっちでやってくれ、と管理人に云われ、はい、わかりました、と
平然と喧嘩する、智恵足らずの者共…。いや、其れよりも何よりも、そういう「喧嘩」を
呵責善導せず、別板に丸投げして放置する管理人の無責さよ。呆哀。

とまれ、仏法者の破折論戦として「喧嘩」の類(たぐい)に墜ちぬ様にするには、先ず以って
互いの信義信条を、其々が所属する宗派門派教団の根義の下に宣揚し、且つ、其の確信を以って
宗義を論ずる事にある。つまり其れを返して云うならば、己(おのれ)の信条を其の所属する宗派
教団の下に宣揚出来ぬ者は、其の弁論の一々が「喧嘩」の類に成り下がるという事である。
又、そういう所属・信条を隠蔽する、所謂「馬の骨」をして応論するは、此れ全く「喧嘩」の
上塗りに成ってしまうという事を、我ら富士門信徒は能く能く識るべきであろう。

されば、馬の骨の挑発に乗り、又は其の板上に乗せられて、其れこそ、相手の宗義も解からずに
一々の疑難に返答するなどは、応に是れこそ狂人走れば不狂人も走る、の様相と成るのであり、
応に其れこそが「喧嘩」の応酬と成るのである。

ったく、そんな隠匿連中に、仏法正義を求める信心など有ろう筈も無い!

仍って御本仏が申さく『法門というものは、親しい人であっても、そうでない人であっても、
信心の無い人には、軽々に話すべきものではない。其の事を能く能く心得なさい』と。

信仰は所詮、イワシの頭だ、と侮弁する宿坊一味。最早、こんな連中に信心など無い。
つまり、我ら富士門信徒からして、下の下の下の稚人である、という事である。

而して、我こそは何々宗、何々教の信者である。そして、我らの本尊教義こそが正義である。
又、其れを以ってするならば、貴殿の宗義、貴殿の本尊義こそが誤りであると。

よろしいか。これが法論対論の一丁目であり一番地なのである。

ったく、無信心の癖にして他宗の法義に唾するなどはもっての外である。

果たして宗教とは如何なるものであるのか。先ずは其の事を学びなさい。

さすれば、下の下の下、から下の下に昇格するであろう。鼻笑。

オマエらにとって、超八独一、就中、文底独一本門など、到底理解出来ようも無いから、
我らに対しては、顎を突き出して唾を吐くしかないのであろうが、抑も無信仰無信心にして
理解不能であるから、そーゆー姿に成るのである。よいか。無智汚濁の唾をぺっぺ、ぺっぺと
吐くものではない。当方の白袈裟が汚れてしまうではないか。そうであろう。無信心の汚人たちよ。

「身延に樟は無かった」
「1m43㎝は巨大だ」
「給所とは常在の事だ」
「草案こそが正文書だ」
「在御判と御判は別だ」

哀笑。其れにしても、浅薄な言い様ではある。小鼻笑。
実(げ)に底の浅い思考力とは、応に此の事か。哂々。
さもありなん。これらの文句は全て無信仰無信心の産物である由。
とまれ、其の解決こそは、学者の小袋から抜け出すしかあるまいて。

御本仏が申さく『世間の学者は仏法を学問して、我も我も智慧を得たと思っている。
そんな一生を無駄にして夢のような事を言っておるが、抑も、此奴(こやつ)らに於いて
仏法の一大事などは知らないのである』と。

よいか。そんな智慧足らずのオマエらが、無信心を自慢して、学問が仏法を超えるなどと、
馬鹿な事を言っている限り、我が興門正統の大義など教えてやらぬ方が、最大の善行であると、
当方は此に思うものである。応に法を下げぬとは此の事をして云うものであろう。

果たして、一大秘法は題目だ、という創価執行部と、お釈迦様こそ末法の御本仏だという
宿坊イタチ派と、一体どちらに軍配が上がるのか。

何? 俺たちゃ双方、教義などは二の次であって、一番大事な事は、組織と人事と給料とな。小鼻笑。

哀哀笑。そーよな。オマエら創価外道に教義論争など出来よう筈もないよな。哀哀笑。

あいつがどーの、こいつがどーの。

そんなこんなの邪教人。

邪教人への大呵責はこれからも続く。
 

ああ、邪教人 其の五十五

 投稿者:管理人  投稿日:2017年 1月 5日(木)13時28分45秒 i125-205-106-86.s42.a014.ap.plala.or.jp
返信・引用
  >この日本に師範・教授がどれほど居られるのでしょうか?
>今回の宗規改正や御観念文に疑いを疑問を持たないのでしょうか?

おいおい、其の師範・教授とは、まさか創価の教学連中の事かいな。

糞笑。そんなモン、師範でも教授でもないよ。そんなモン、ただの下教者だよ。小鼻笑。

>私が広宣部1年生の時、ある地方の会館に『ハタチ様』が来られ、(仏敵を殺しても、仏法では罰するどころか、
>仏から褒め讃えられるんです)との話は忘れません。

おいおい、まさか殺人の仕方とは此の事か。

「ほんな、針金でゆわえて、あの頭、トンカチでぶっ叩いてね」【H4.12.13 全国青年部幹部会】

ホンマ、針金で首を結わいて、頭をトンカチでぶっ叩いたら、そりゃ死ぬわな。

哀。池田センセーも怖い事を言う。鼻笑。

>難しい事はよくわからないですが、
>前に広宣やってた友人達と勉強しています。

呆笑。

広宣の勉強って、そんなモン、心が穢れるだけだよ。

やめとけ、やめとけ、そんなモン。

盗聴・尾行・恫喝・懐柔・潜入・攪乱、等等等…。

オマエらのやっている事はオウム顔負けだよ。

ったく、そんなモン、勉強しなくてよろしい。

>青年部時代に立ち返り!

ならば、恩師の青年訓を読みなさい。

本より、我ら富士門信徒にとって、全く違和感のない正義の訓示である。

逆に言えば、今のオマエらからして間違いだらけの訓示と成ろう。

果たしてそうなのか。

よ~く、其の眼球を穿(ほじく)って読みなさい。

さすれば、一大秘法の本義が観えてこよう。
 

創価邪人の戯れ言を破す

 投稿者:管理人  投稿日:2017年 1月 5日(木)12時50分55秒 i125-205-106-86.s42.a014.ap.plala.or.jp
返信・引用
  >大石寺派(すでに広宣流布からリタイアしたので最近は退席痔派とも呼びます)では、
>自分たちの唯一のアイデンティティとして戒壇の大御本尊を主張しますし、大聖人の御書の
>とおりに実践していない老衰した自己中心の脱会者が、自分は大御本尊のある方がいいから
>日犬は悪でも仕方ない、と半泣きで侘びていたりもします。

阿呆!! 正法流布から退席したイボ痔教団とは、実にオマエら創価の事を指して言うものである!
果たして創立以来、教義の大根本として来た一大秘法義を、何の躊躇いも無く放り投げた、応に無節操
極まりない、其れこそアイデンティティーの無い滅裂狂団と化したオマエら創価学会こそ、正法広布から
退席した馬鹿者集団である! ったく、オマエは何を言っておるのか!?

鼻笑。其れにしてもオマエ「自分は大御本尊のある方がいいから日犬は悪でも仕方がない」とは如何なる事か。
ならば、其の日犬とかいう貴様の妄想犬が、冨士の裾野に居るとして、オマエらの大将である池田太作が、其の
妄想犬の下に在る大御本尊を指して『信心の根本であることは、これからも少しも変わらない」と断言しておる
のは如何なる事か。果たして、貴様のセリフを借りて言うならば、実に此の池田太作の断言こそ、仕方なしの
半泣き状態ではないのか! そうであろうが! 反論あるなら申してみよ!!

>しかし、貫主であった日顕自身が、戒壇の大御本尊についての真実を示唆する講釈を垂れたことで、
>いよいよ真実の大聖人の教えが明らかにされる「時」が来たと確信しています。

哀笑。真実の大聖人の教えとは何か。小鼻笑。
まさか、一大秘法とは本尊の事ではなく、題目の五字の事である、という事か。
ならば、其の事、貴様らの大将である池田太作の指導から其れを立証してみせよ!

>日顕が河辺メモでばらした戒壇の大御本尊偽物説の間違い。
>宗門でも有名な河辺メモは、かつての学会と宗門との連絡会議の学会側の記録と比較するとほとんど表現が
>一致していること等の実績から、その正確さについては知る人ぞ知る、という記録文書です。

哀哀笑。

おいおい又其れか…。

ったく、そんな使い古しのイチャモンを持ち出して、今更何を言っておるか!

よいか! 河辺メモについては、我らが完膚までに破折し尽くしておる!

つまり、オマエらのイチャモンは単なるイチャモンに終わった、という事である!

いや、そんな事はない、と言うならば、当方が相手になってやろう!

その代り、逃げるでないぞ! よいな!

>最も確実な確認の方法は、毎年の虫払い法要の際に公開される日禅授与本尊について、
>実際にどのように籠抜きをした形跡が残っているかを確認すれば良いのでしょうが、
>宗旨が根本からひっくり返るので、絶対に宗門はそれを認めるはずはないし、聞いても頭から無視し
>否定するしか道がない。

小鼻笑。フェイクの読み過ぎだよ、オマエ。糞笑。

籠抜きだ? 貴様、凡人の分際で、御本尊の御認(したた)めについて、生意気な事を言うものではない。
して、其の形跡を確認すれば、宗旨が根本からひっくり返ってしまうから、宗門は無視するしかない、とな。

阿呆! 元からして形跡のないモノを、どーやって確認するんだよ、オマエ。小鼻笑。
いや、其れよりも何よりも、貴様らの様な蛆虫に、ハイ、確認致しました、などと、言う訳がなかろうて!

云く、

『証拠は大石寺にある! 若しそれを知りたいのならば信心を奮い起こして拝みに行け! 見せる、見せない。
見世物じゃあるまいし、信心の無い者が拝めるわけが無いではないか!』

此の大呵責、覚えておろうか。言うまでも無い。貴様らの大先輩、小平教学部長の大呵責である。

哀笑。此の大呵責、そっくり其の儘、貴様にくれてやろう。

>戒壇の大御本尊をわずか数mg削って、AMS法で炭素14を分析せよ
>それによって事実を示せないならば、以下の根拠に基づき、戒壇の大御本尊とは大聖人滅後に日禅授与本尊を
>模刻したものだと断定するぞ!と責め続けましょう!

模刻だ? おいおい、オマエらの言う河辺メモには模写と書いてあるぞ。一体どっちなのだ。
ったく、適当な事をいうものではない。呆。

其れにしても貴様、我らに対して、大御本尊の一部を削れとは何事か!
いや、其れを返して云うならば、貴様は分析という名の下に、己(おのれ)の本尊にハサミを入れる事も厭わない、
応に不信背逆の暴徒という事になるが如何!

だからこそ云う。若し其れを知りたいのであれば、信心を奮い起こして拝みに行け! と。
さすれば『真の証拠』が見えて来よう!

まぁ、何れにしても、与義にして戒壇の大御本尊は日禅授与本尊の模写というならば、其れこそは、
日禅授与本尊こそ戒壇の大御本尊を模写したものだ、という事を、其の時系列からして推考すべき
であろう。よろしいか。模写とは其の元(以前から在るモノ)が在って初めて成るものである。

果たして、此の推論を完膚なまでに破れるか。鼻笑。

いや、破れまいて。小笑。

つまりは、其れがオマエらの限界という事である。

どうせ持って来るならば、我が富士大石寺がひっくり返る程の証拠を持って来なさい。

ったく、束に成った参考書を脇に抱え、あーでもない、こーでもない、とイチャモン話を繰り返し、
挙句に『鑑定に出してくれ!』などと限界の悲鳴を上げる、文献亡者の拙さよ。小鼻笑。

猶(なお)此に云うが『戒壇の大御本尊』という呼称は、どの御書にも無い。
爾して「大御本尊」という語彙は、日興跡条々事と本門心底抄(日順師)のみである。

さても御書の何処(どこ)にも記(しる)されていない「大御本尊」を「弘安二年」という年に限定し、
しかも其の「大御本尊」を以って日目上人に授与相伝すると謂う。はてさて、其れは如何なる事か。

本より「弘安二年」と云えば『聖人御難事』の一文であろう。

訳して云く『釈迦は四十余年、天台は三十余年、伝教は二十余年に出世の本懐を遂げた。無論、其の間の大難は
言うまでも無い。そして私の本懐は二十七年である。無論、其の間の大難などは各々が知るところである』と。

はて、此の一文に謂う「本懐」とは何か。

「曼荼羅図現」「弘安二年」「大御本尊」「死後の円戒」

果たして、これら項目を連結して、見事、正答を成し得るは、応に「時を待つべきのみ」の御聖意を識(し)る、
我ら興門正統以外には有り得まい。

大御本尊在るが故の宗門。
大御本尊在るが故の猊下。

とまれ、

池田在ってのオマエらに、其の様な事など解かるまい。

しかし池田は言う。

「大聖人の出世の本懐である一閻浮提総与の大御本尊が信心の根本である事は、これからも少しも変わらない』と。

                             【平成5年9月16日、アメリカSGI最高会議】

果たして、創価を破門に処した、其れこそ、オマエらからして大謗法の山である富士大石寺に格護さる
大御本尊を、これからも少しも変わらずに信心の根本にする、と断言した池田太作の指導こそは、応に
永遠の指導者としての永遠なる本尊指導ではなかったのか。

よいか。オマエら創価は、そういう事を先ずは総括して、一体どの本尊義が正しいのか、毎年コロコロ変わる
俄(にわか)教学の其れではなく、恩師戸田先生已来のしっかりとした本尊義を以って、大乗真実の極意を述べる
べきである。

ったく、そんな根無し草の附仏法ずれが、見て来たかのような悪口を並べて、其の負い目を繕(つくろ)うなど、
観ていて余りにも浅ましい。

少しは恥を知りなさい。

>大石寺派(すでに広宣流布からリタイアしたので最近は退席痔派とも呼びます)では、
>自分たちの唯一のアイデンティティとして戒壇の大御本尊を主張しますし、大聖人の御書の
>とおりに実践していない老衰した自己中心の脱会者が、自分は大御本尊のある方がいいから
>日犬は悪でも仕方ない、と半泣きで侘びていたりもします。

呆笑。

先ずは此のセリフ、池田センセーに言いなさい。

そして、オマエが正しいのか、池田センセーが正しいのか、

其の事を知らせなさい。

よろしいか。

加えて云う。

学会本部に云く『この度、(創価に)授与される御本尊は、広宣流布を深く願い、「大聖人直結」
「御本尊根本」の正道を貫かれた日寛上人が、享保五年に書写され、淨圓寺に授与された御本尊である』と。

さても、「大聖人直結」「御本尊根本」の正道を貫かれた日寛上人とは如何なる事か。
さても、日寛上人をして「大聖人直結・御本尊根本」とは如何なる事か。

此等の事も併せて総括し、当室に返答を寄こしなさい。

よろしいか。

ったく、何もかにも有耶無耶にして、惚けるものではないぞ。
 

馬の骨へ

 投稿者:管理人  投稿日:2017年 1月 4日(水)16時03分44秒 i125-205-106-86.s42.a014.ap.plala.or.jp
返信・引用
  相も変わらず、悪口雑言を撒き散らかしておるよな。哀笑。

何度も云うが、当方はオマエの様な馬の骨など相手にはせん。

狂人を相手にするほど、当方は閑ではない。(又、そーゆー境涯でもない)

哀笑。オマエが勇気を出して親告したら、いつでも相手になってやるよ。哀笑。

しかし出来るか、臆病者のオマエに。

果たして、オマエに対して言う「馬の骨」とは、馬鹿の骨頂の略語である。

ったく、木蔭に身を隠しながら、モノを投げつける其の醜さよ。哀哀哀。

オマエなどに佛教を語る資格などは無い。

よいか。私憤で物事を語ろうなど、其れこそ馬鹿の骨頂である。

いい加減、やめた方がよろしい。観ていて、余りに哀れである。

オマエなどは、池田太作の批判でもしていなさい。

なんだ、其れは出来んのか。哀笑。

ったく、此の半端者めが!

兎も角、オマエなどに用は無い。

頼むから他でやってくれ。哀。
 

儚(はかな)き邪宗の教学

 投稿者:管理人  投稿日:2017年 1月 2日(月)12時27分46秒 i125-205-106-86.s42.a014.ap.plala.or.jp
返信・引用
  「出世の本懐の本義は、大聖人の御生涯において、末法万年の一切衆生の救済のために三大秘法を確立
されたこと、(中略) 大聖人が「弘安2年の御本尊」を御図顕されたことも、この三大秘法の確立と民衆
仏法の確立という意義の中に含まれるものと考える」【平成27年 聖教新聞/創価学会教学部】

哀笑。いやはや、宗教の根本たる本尊義を改変する事自体、問題があると云うに、今回の改変は何と考察
であるという。哀笑。しかしなんだ。根本教義が考察状態であるとは、何とも情けない宗教団体であるよな。

其れにしても何だ。弘安2年の御本尊(一昨年までは一閻浮提総与の大御本尊)も、三大秘法の確立という意義に
含まれる、って、一体どういう事かいな。哀笑。果たして、確立された三大秘法の意義(出世の本懐の本義)に
含まれる弘安2年の御本尊とは、一体どーゆー御本尊なのかいな。哀笑。して、その御本尊を包含する三大秘法
とは、一体、どーゆー三大秘法であるのか。

まさか其れこそが、一大秘法の妙法蓮華経の五字である、というのか。

原田創価に云く『一大秘法が本門の本尊であるという御書は無い。一大秘法とは妙法蓮華経の五字の事だ』と。

つまりは何だ。題目(南無妙法蓮華経)こそが一大秘法という事か。

ならば、此れは如何なる事か。

原田が云く『本門の本尊に唱える南無妙法蓮華経が本門の題目』と。

はて、一大秘法ではない本門の本尊に唱える題目が本門の題目になる、とは如何なる事か。

して、一大秘法ではない本門の本尊によって、本門の題目になるという題目は、一体如何なる題目であるのか。

而して原田が云う。一大秘法とは妙法蓮華経の五字、つまりは題目である。と。

果たして、一大秘法、つまり、三大秘法を包含する一大秘法とは、本尊であるのか題目であるのか。

さても原田は、妙法五字の題目であるという。

ならば原田よ、加えて、谷川、長谷川、佐藤、北林の面々よ。そして、其の後ろで黙認している池田太作よ。

オマエらは、以下の御教示を何とする。

日興上人に曰く『唯御書の意に任せて妙法蓮華経の五字を以て本尊と為すべし、即ち自筆の本尊是れなり』と。

「即ち」とは何か。「即ち」とは一体如何なる意か。

而して、原田創価が云く「一大秘法とは本門の本尊ではなく、題目(妙法蓮華経の五字)の事だ」と。呆哀。

果たしてオマエらは、いつから身延の下僕となったのか。

よいか。一大秘法とは、まさしく本門の本尊の事を指して云うのである。

日寛上人に曰く『一大秘法というは則ちこれ本門の本尊なり。この本尊所住の処を本門の戒壇と名づけ、
この本尊を信じて妙法を唱うるを本門の題目と名づく』と。

つまり、本門の本尊が在ってこその、本門の題目であり、本門の戒壇なのである。

仍って、本門の本尊こそが一大秘法であり、三大秘法は、須らく本門の本尊に包含されるのである。

だからこそ云う。一大秘法の本門の本尊に唱える題目こそが本門の題目になると。
だからこそ云う。其の唱える題目を本門の題目に為さしめる本尊こそが、応に一大秘法の其れであると。

爾して原田が言う。

『末法の衆生のために日蓮大聖人御自身が御図顕された十界の文字曼荼羅と、それを書写した本尊は、全て
根本の法である南無妙法蓮華経を具現されたものであって、等しく「本門の本尊」であり、「本門の本尊」に
唱える南無妙法蓮華経が「本門の題目」、その唱える場がそのまま「本門の戒壇」となる』と。

呆笑。

おいおい、だから言っているだろう。

其の唱える題目(南無妙法蓮華経)を本門の題目に為さしめる本尊こそが、応に一大秘法の其れではないかと。

又、そうであるからこそ、日寛上人は御本尊(本門の本尊)こそが一大秘法である、と申されたのであろうが。

しかし原田は云う。

『一大秘法が本門の本尊であるという御書は無い。一大秘法とは妙法蓮華経の五字の事だ』と。

哀笑。

よいか。オマエらが設定した考察教義の欠点は、本尊義に於ける人法一箇の大義を見落とした事であり、
日蓮大聖人が出世の本懐とされた御本尊の体現(仏の振る舞いとしての究極)の奥義を無視した事にある。
よいか。一大秘法とは人法に亘るのであり、其の一点、つまり一大秘法とは御本仏日蓮大聖人の御当體を
して云うのである。

然るにオマエたちは、今まで其れを領解していたにも拘わらず、謗法の冥罰によって脳髄が七分に割れて、
三大秘法の随一たる人法一箇の本尊義をかなぐり捨てたのである。応に、因果応報とは此の事であろう。

さても、題目こそが三大秘法の要と為すは、此れ全く邪流身延の教義であって、実にオマエらは創価学会は、
日興門流でもない、五老門流でもない、其れこそ、日什の顕本法華宗にも劣る、今世紀最悪の新興邪宗教の
其れである、という事を、此に自認すべきである。

本より、本尊義の破綻こそは、其の宗教にとって死に体と成る。

さもありなん。

ならば最後に、恩師の呵責を、此に手向けてやろう。

何? 執拗(しつこ)いとな。

哀笑。当たり前だろう。

属する宗教組織のトップが、そんなモノは気狂いの教学だ、と断言しておるのに、その気狂い教学を組織教義の
根本に据えた、そんなオマエらの致命的な狂態を、今呵責せずして何とするのか。哀。

とまれ、此の地球上に於いて、オマエらの様な捻転宗教などは在るまいて。哀哀哀。

よいか。だからこそ、何度も呵責するのである。

有り難く思いなさい。

では再記する。

恩師が云く『南無妙法蓮華経と唱題する中に三秘が具わっているというが如きは、無学のジイサン、バアサンなら
いざ知らず、少しでも教学をやった者には気狂いになっているのではないか、という以外には思いようがない』

                               【はかなき邪宗の教学・小樽問答誌 131P】


哀哀。

果たして、恩師が仰せの如く、オマエら創価学会は気狂いになってしまったのか。哀笑。

よいか。是れこそは昔の誼(よし)みである。

反論あるならば、堂々と申してみよ!
 

新年御挨拶

 投稿者:管理人  投稿日:2017年 1月 2日(月)08時19分12秒 i125-205-106-86.s42.a014.ap.plala.or.jp
返信・引用
  投稿者の皆様、そして閲覧者の皆様。

新年明けましておめでとう御座います。

当、破邪の蘭室は、本年も邪宗邪義を大いに破折し、又、新興宗教の首たる創価学会の幼稚な行動にも
叱責を加え、更には本仏在(ま)します我が妙国を侵略せんとする邪国悪国の愚行をも呵責して、此に唯一
絶対たる正法正義を、尚一層顕示して参りたいと思う次第であります。

巻頭文に云く『仮令強言なれども、人をたすくれば実語・軟語なるべし。設ひ軟語なれども、人を損するは
妄語・強言なり』と。

されば、邪人に莫迦とは適時助言と相成るか。

皆々様には、本年も何卒宜しくお願い申し上げます。
 

朱印寺で生き延びた大石寺

 投稿者:憂国の武士  投稿日:2017年 1月 1日(日)21時26分28秒 ag220-213-220-206.ccnw.ne.jp
返信・引用
  お前みたいな奴を、講釈師見てきたような嘘を言い。という

調べなおして出直せ青二才

 

佛の後軍 魔の前軍

 投稿者:憂国の武士  投稿日:2017年 1月 1日(日)11時28分50秒 ag220-213-220-206.ccnw.ne.jp
返信・引用 編集済
  創価学会は創価学会そのものを仏の軍団と思っている様だ。しかし、さにあらず。
あれだけの大所帯になれば長い道程の行軍において必ず隊列にバラつきが出てくる。
バラツイテいるのを、佛の後軍、といい指揮者の声は届かない。
その後を追っているのが魔の軍団(創価学会に言わせれば)日蓮正宗法華講軍団である。
隊列後尾ではセンセーにお答えするぞーという学会幹部の声は、ご尊師の陣頭指揮する
破邪顕正の声にかき消され自然な流れとして法華講に収容されていく。

逆も当然あり得るわけであるから我々は、※一結講中異体同心で臨まなければならない。

※このお言葉は、第三十一世日因上人が金沢法華講に宛てられたお手紙の一節であります。
「無疑曰信に南無妙法蓮華経と唱え奉る事尤も大切なり。かつ又臨終の事は平生忘るべからず、別して一結講
中異体同心に未来までも相離れ申すまじく候、中に於て一人地獄に落入り候はば講中寄合いて救取るべし、一
人成仏せば講中を手引きして霊山へ引導すべし、其の後北国中の同行乃至日本国中一閻浮提の一切衆生をも救
い取るべく申し候、衆生無辺請願度と申すはこれなり」

大石寺信仰が身延派の誹謗に遭い加賀の国禁となっている中、人目を憚りながら命にかえて信仰を守り通して
いる信者に対して与えられた激励のお言葉であり、講の本質を端的に表現した「名言」でしょう。
当時金沢には大石寺の末寺は一寺も無いのに、少なくとも二十近くの講が結成され、「累代信者、数千人」の
規模になっていたようです。

管理人様、法華講員の皆様、本年も宜しくご教授の程宜しくお願い申し上げます。

 

ああ、邪教人 其の五十四

 投稿者:管理人  投稿日:2016年12月31日(土)17時11分18秒 i125-205-106-86.s42.a014.ap.plala.or.jp
返信・引用
  さて、本年も後7時間程で終わりと成るが、いつもの事乍(なが)ら早いものである。

とまれ、人間の寿命というものは、歳を重ねれば重ねる度に、其の短さを痛感するのであろう。

本より、末法万年尽未来際、就中、宇宙法界の寿命からするならば、人間の寿命など一瞬の中の
一瞬ともなるから、宇宙法界の大法を語る時、我ら仏法者たる者、目の前の一々に一喜一憂する
短見の徒輩に成ってはならぬと、常々に思うものである。

さて、其の様な中に在って、創価邪教の人間たちを破折叱責するは、是れ全く眼前の一喜一憂に非ず、
是れこそは、末法万年に通ずる正義顕揚の其れである、という事を、我々は領解しなければならない。
無論、其の大資格を得る者は、我ら興門正統のみであり、邪宗日蓮宗及び邪教創価を首(はじめ)とする
新興宗教の徒輩の言い分などは、須らく眼前の一喜一憂の稚言に成るという事である。

果たして我ら興門正統が、劣に対して劣と言い、邪に対して邪と言うは、是れ全く正直の其れであり、
又、其れこそが御本仏日蓮大聖人の御教えである。応に自讃毀他を超越するとは、此の事をして云う
のである。

さて、創価学会員の稚言・稚行を呵責する「ああ、邪教人」シリーズも、今回を以って五十四回となる。
本より、学会員の頭破七分の行状を細々に呵責せんとするならば、五十四回どころか、千回万回を重ね
様とも間に合わぬが、そんな阿梨樹が如き滅裂も、一大秘法たる本尊義を以ってすれば、即座に撃沈と
相成るのである。糞笑。まぁ、其れだけ、創価学会の教学が地に墜ちたという事である。

「一大秘法とは御本尊の事ではなく、妙法蓮華経の五字の事だ」

哀笑。いつ観ても呆れ返るセリフではあるが、ここまで来ると「漫画」としか言い様が無いであろう。

ったく、大丈夫か。オマエらのアタマ…。糞笑。

して、五十四といえば、昭和五十四年。

御先師・日達上人が其の慈折を以って、池田太作に御灸をすえた年であったな。

当方はよ~く覚えておるぞ。

そー言えば、特別学習会。そんなモン、適当にやっていたよ。上からの指示で…。鼻笑。

まぁ、簡単に言えば、反省なんか、全然していなかった、という事である。

>なにしろ、昭和54年に池田先生を追い出したご当人ですよ。

追い出した? 哀笑。池田センセーを追い出したのは、日達上人だよ。

曰く『(池田会長が)会長をやめて一切の責務を退くと、今後そういう事には口を出さない。
また、常に噂される「院政」というような事を絶対にしないという事を表明しておりました。
宗門としては、それで一応解決したものと思っております』【54・4・28 教師代表者会議】

哀怒。ったく、日達上人を欺きおって!

>大嘘つきハラダ

あいや! オマエら創価全員が大嘘つきである!

>追い出せ! こいつのご一行様もろともに!
>八尋・谷川・秋谷・佐藤ヒロシ・まだまだいるぞ
>北林・竹岡、まだまだいるぞ。 引きずり下ろせ!
>悪党を一掃、年末大掃除信濃町版だ!

哀笑。なんだ。葬儀屋も入っておるのか。糞笑。

ならば、此奴(こやつ)が作成した『地涌』など引っ張り出して、
我らを中傷するものではない。

ったく、要法寺対策の為に日寛上人は偽教を作成した、などと言いながら、其の日寛上人の
書写本尊を拝み、葬儀屋を引きずり下ろせ! と言いながら、地涌を片手に文句を言う。呆哀。

ったく、オマエらは、ホント―に莫迦なのか。哀哀哀。

>この一年、広宣流布に走り抜いた、誉れの全同志の健闘を心から賛嘆したい。
>日蓮大聖人は、ある年の瀬、門下の真心に感謝され「心ざし大海よりふかく善根は大地よりも厚し」
>(御書1105ページ)と仰せられた。御本仏が、どんな陰の労苦も御照覧であられる。

哀笑。はて、其の御本仏とは、一体誰の事を言っているのか。

して、其の御本仏とは、何故に御本仏であるのか。

オマエたちは其れに答えなさい。

そして、其の答えこそが正しいと言うのであれば、先ずは、創大の宮田や、元創価の須田や、
黒カラスの宿坊に、其の事を教えてやりなさい。

ったく、其れさえも出来ずに、何が折伏か。小鼻笑。ふざけるものではない。

さて、本年も終わりと相成るが、来年こそは、仕事に追われる事なく、当室管理人として、しっかと
運営して参りたいと思う次第である。

さすれば雑魚も入るまい。
 

二兎を追う者は一兎をも得ず

 投稿者:管理人  投稿日:2016年12月17日(土)19時34分26秒 i60-41-187-27.s42.a014.ap.plala.or.jp
返信・引用
  言うまでも無い。

是れこそは、対ロシアに於ける外交戦略の失敗を意味するものである。

つまりは「四島を追う者は二島をも得ず」という事である。

ったく、今更「二島だけでも返して」などと、最早、其の機会は逸しておる。哀。

仍って、此の度の、ご機嫌伺いによる「通商提供合意」など、焼け石に水どころか、
太陽に一滴の水が如き、其れこそ領土交渉に於いて全く利する処の無い、無駄な交渉で
あったという事である。

外交に於ては、焦った方が負けである。其の様なこと、外交術の初歩ではないか。哀。

「急いては事を仕損じる」

外交とは、如何に有利な立場に於いて交渉するかに係っているのである。

仍って、此の度の交渉は、其の出発点からして「負け」なのである。

日本国政府は、もう少し理詰めで交渉しなければならない。

其の姿勢が余りにも弱い。

言って置くが、日本政府が其の歴史に於いて、又其の領土の交渉に於いて、徹底した理詰めを
展開するならば、支那も朝鮮も、そしてロシアも、間違いなく閉口するのである。

しかし日本政府は、それら諸国に気を使い、其の顔色などを窺っておるから、徹底した公論を
避けるのである。だから、こーゆー連中に足元を見られるのである。

よいか。徹底した理詰め、とは、当に強気に理論を展開する、という意であって、種々の記者会見で
底の浅い質問しか出来ない無智無能の若者(バカモノ)記者のような小理屈の其れではなく、厳とした
国家主義に基づく、理路騒然にして強気な対言こそ、野蛮国家に於ては特に有効と成るのである。

兎も角、今回のロシアとの交渉は失敗であった。逆にロシアにとっては、大きな成果となったであろう。

流石(さすが)はロシア。其の強(したた)かさは、現日本外交の百倍である。

尚、米国の次期大統領、トランプ氏については、対支那に於ける強行姿勢については大いに評価する。

世界を舐めきっている中共支那の鼻っ柱を、見事へし折るは、最早、トランプ氏などの強硬派しか
居ないであろう。無論、トランプ氏が大統領に成った途端、中共に媚び諂うとなれば、最早、中共は
此の国際社会に於いて無敵となる。

ったく、こんな野蛮な独裁国家を放置して、一体何のアジア平和か。ふざけるものではない。

其れにしても、南朝鮮(大韓民国)の様(ざま)は、やはり、というか、案の定というか。
ったく、そーゆー事を何度も繰り返して居るから、其の民族性を小笑されるのである。

よいか。そーゆー為体(ていたらく)を、行っていたから、我が国が併合したのである。
又、其の併合があったからこそ、お主らは支那の占領から免れたのである。

だから、我が国による併合を「植民地支配」などと叫ぶは、これ全く歴史の根底を知らない、
被害妄想主義の戯言(ざれごと)である、という事を識(し)らなければならない。

よいか。彼の日清戦争は、お主ら朝鮮の為に戦ったのである。

よいか。お主らは其の恩義を忘れてはならん。

因みに、当宗第十三世・日院上人の御時、つまりは、1530年代、室町将軍・足利義晴の時代、
お主ら朝鮮には、其の朝鮮語を表す文字が無かった、というのであるから、凡(およ)そ、
現在の小発展は、須らく、日韓併合の恩恵である、という事を、改めて識る必要があろう。

尚、今後は、嫌日派が政権を取るのであろうが、そうとなれば、我が国は、より一層、
強行な態度を以って接しなければならない。さもなくば、今回のロシア交渉の二の舞となる。

よいか。

支那と朝鮮は、我が国を敵国と思っているのである。何故、それが判らんか!
本より、ロシアとて論外ではない。

日本を怒らせたら、何をするか解からない。

さても、外交に於いて勝者と成るは、これ全く、相手国に気を使わせる国家に成る、という事である。

二兎を追う者は一兎をも得ず。

基。

一兎を得れば二兎をも得る。

而して、其の「一兎」とは、応に先鋭の意気であり、其れこそは、大国主義の宣揚である。

日本を怒らせたら、大変な事になる。

実(げ)に此の思いを知らしめる事こそが、日本外交の切り札と成るのである。
 

創価学会員の謬論を破す 【其の二】

 投稿者:管理人  投稿日:2016年12月17日(土)16時48分12秒 i60-41-187-27.s42.a014.ap.plala.or.jp
返信・引用
  ********************************************************************

御本尊は有限、久遠元初の法は無限、貴方は、可視できる御本尊の中の本門の本尊名と
本門の題目と久遠元初の御本尊を混同して言っているので、話がより混同しております。

御本尊→可視できる御本尊
久遠元初の御本尊→久遠元初の法

このように考え直して下さい。

********************************************************************

さて其の前に、

>本尊問答抄
>■「問うて云く末代悪世の凡夫は何物を以て本尊と定むべきや、答えて云く法華経の
>題目を以て本尊とすべし」(P365)

>との言葉もあります。法華経の題目と、ありますが、本門の題目と言うより、本門の
>本尊と言えるでしょう。

との貴殿の解釈は正解である。

日寛上人に曰く『末法の本尊とは、本門の南無妙法蓮華経日蓮大聖人是れなり。是れ我等が
為の能引なり。十界の聖衆は、是れ日蓮体具の十界の聖衆なり』と。

つまり『法華経の題目を以て本尊とすべし』とは、本門の南無妙法蓮華経日蓮大聖人、
つまりは其の人法一箇をして本尊とすべし、という意である。

仍って、久遠元初の法(題目)こそが人法一箇の御本尊よりも根本である、という貴殿の
思想は久遠即末法からして誤りであり、其の様な仏法は大聖人の教えには無いものである。

さて、

>私は、一大秘法は、本門の本尊としている。
>しかし、究極に求められるものは、曼荼羅とお思いでしょうか、
>どういうことかと申しますと、
>一大秘法・本門の本尊も恐れ多いことですが、有限であります。
>久遠元初の法は無限であります。


小笑。そーか。一大秘法は有限で、久遠元初の法が無限であると云うか。

よろしい。先ずは其の文証を富士の立義から出しなさい。

其れにしても貴殿こそは、

>貴方は、究極に求められるのは、南無妙法蓮華経=久遠元初の法ではなく、曼荼羅
>(御本尊)とお思いでしょうか。

などと当方に話を向けておきながら、今にして、

>御本尊→可視できる御本尊
>久遠元初の御本尊→久遠元初の法
>このように考え直して下さい。

などと区分けして言い直しておる。小笑。

はて、久遠元初の御本尊とは何か。
加えて『御本尊の中の本門の本尊名』とは一体何ぞ。小笑。

貴殿は其れに答えなさい。

よいか。

当方は最初から最後まで『御本尊こそが南無妙法蓮華経であり、日蓮大聖人である。
其れこそは人法一箇である』と言っている。

而して貴殿は、南無妙法蓮華(久遠元初の法)=御本尊ではない、と言いながら、今回は
『久遠元初の御本尊』などと新たな表現を用いて、南無妙法蓮華経(久遠元初の法)=久遠
元初の御本尊などと訳の判らん事を言っておる。

何だ! 御本尊には現在の御本尊と、久遠元初の御本尊があるのか!
ならば『久遠即末法』の大原理はどう説明するか!!

本因妙抄に曰く『釈尊・久遠名字即の位の御身の修行を末法今時・日蓮が名字即の身に移せり』と。

果たして、久遠名字即の御身を今時末法に移された日蓮大聖人は、久遠元初の御本尊からして、
如何なる御本尊となるのか。

日寛上人に曰く『末法の本尊とは、本門の南無妙法蓮華経日蓮大聖人是れなり』と。

先にも申したが、御本仏・日蓮大聖人も、貴殿の肉眼からして可視できる御方である。
だから、どーだと言うのだ!?

よいか!

御本尊を有限とするは、大聖人をして有限と為す邪見である!!

貴殿は上記の一件を法義的に立証しなさい!
言って置くが貴殿の私感など要らんぞ!
仏法に於いて私義の展開は則邪義となる!
本より、是れこそは大聖人の御訓誡である!

>久遠元初の法=南無妙法蓮華経は、無限であり、可視出来る御本尊は有限であると、
>私は言っている。

呆哀。だから当方が過日にも詰問したであろう。

『貴殿は日蓮大聖人の御入滅をもって、日蓮大聖人は消滅されたと思っておるのか。
加えて其の消滅は、人間と草木とでは滅の仕様が違う、とでも言うのか』と

見れば其の一番大事な返答が為されていないではないか。

よいか。貴殿の〝私感〟からすれば、日蓮大聖人も有限という事になる。何故か。貴殿の
思想からすれば、日蓮大聖人も可視できる『人間』としての『像(かたち)』だからである。

どうであるか。だから日蓮大聖人は有限であるのか。

其れを仏法義に於いて答えなさい。さすればこの問題は解決出来よう。

大白法を信ずる者として、可見に囚われることが如何に浅識であるか。人法一箇の奥義を
熟思すれば、自ずと其の事が理解できようて。

ったく、このような事、旧創価学会(富士大石寺信徒の団体)教学部であったならば、助師・
講師のレベルであるぞ。

とまれ『可視出来る御本尊は有限で、可視できない久遠元初の法=南無妙法蓮華経が無限』
と言う意味が、単なる『可視できるモノと出来ないモノ』という、肉眼視の分類の意味で
主張しているとすれば、仏法義に於いて、これ程の稚見識は無かろうて。哀笑。

よいか。

宇宙空間は見えない。だから無限。草木は見える。だから有限。果たしてもし、貴殿が
そういうレベルで御本尊義を語っているとすれば、最早この論戦は、当方の勝ちである。
無論、ここで云う『勝ち』との意味は正誤に於ける正の意味である。

兎も角、可視できる日蓮大聖人が其の御入滅を以って滅した(有限)となれば、先ず、其の
正解を仏法義の上から述べて貰うしかなかろう。

本より、其の正解こそが、日蓮大聖人に於ける本尊義の正解となる。心して回答されよ。

日達上人曰く『我が戒壇の大御本尊様のことを誹謗して、板だからいつか無くなってしまうが
如き暴言を吐いている記事を見ました(中略) 彼等の説は、すでに仏教ではありません。
また、宗教でもありません』と。(大白蓮華・昭和38年1月1日号)

はて、貴殿の思考は、最早仏教ではないという。
ならば、其れこそは、断見に囚われた、外道思想の一類となる。

貴殿には今一度、可見の非を示してしんぜよう。

我ら日蓮門下に於ける本尊とは、法に即して言えば事の一念三千の三大秘法であり、人に
即して言えば、久遠元初の自受用報身如来である。而してこの本尊は人に即して法、法に
即して人であり、其の体こそは人法一箇である。故に一念三千は即自受用身であり、三大
秘法は即無作三身なのである。

又、日蓮大聖人の御内証とは久遠元初自受用報身如来の御当體であり、御本尊は其の久遠
元初自受用身即一念三千たる生命を事実の上に具現化されたものである。

したがって、宇宙の真理を日蓮大聖人が鎌倉時代に発見開悟し、その真理の姿を曼荼羅として
表現した、という考え方は外道である。

此に重ねて言うが、三大秘法の大御本尊は、法界即日蓮・日蓮即法界の真理からして、応に
日蓮大聖人の御当體であり、其の実体は滅不滅の御当體なのである。

御義口伝に曰く『戒定慧の三学は寿量品の事の三大秘法是れなり、日蓮慥に霊山に於いて
面授口決せしなり、本尊とは法華経の行者の一身の当体なり云云』と。

よろしいか。上記御文からして法華経の行者が有限である筈がないのである。

本門寿量品に曰く『我成仏已来。甚大久遠。阿僧祗劫。常住不滅』

【我成仏してより已来、甚だ大いに久遠なり。寿命無量阿僧祗劫なり。常住にして滅せず』と。

仍って総勘文教相廃立に曰く『十界を身と為すは法身なり。十界を心と為すは報身なり。
十界を形と為すは応身なり。十界の外に仏無し。仏の外に十界無く依正不二なり。身土
不二なり。一仏の身体なるを以て寂光土と云ふ。是の故に無相の極理と云ふなり。生滅
無常の相を離るゝが故に無相と云ふなり』と。

さても、無作三身に即したる人法一箇の御本尊を、己(おのれ)の肉眼に於いて有限と断じた、
浅識の徒よ。

貴殿こそは、上記の深義こそを能く能く想うべきである。
 

創価学会員の謬論を破す 【其の一】

 投稿者:管理人  投稿日:2016年12月17日(土)16時24分17秒 i60-41-187-27.s42.a014.ap.plala.or.jp
返信・引用
  ********************************************************************

私は、大聖人の仏法は、神格化してはいけないと思っております。故に、日蓮即法界との
表現は…、この言葉から見れば、日蓮大聖人は法界そのもので有り、初めから一体のその
ものであるのでつ(ママ)、あらためて御本尊御図顕をもって一体とするのはおかしい。凡夫
即極・示同凡夫からして、日蓮即法界との表現は、大聖人の真意を顕している、とは言え
ない。(中略) 日蓮即法界のズバリの言葉はない。

********************************************************************

哀笑。

貴殿は一体、何を学しておるのだ?

神格化とは何か。誰を神格化してはならない、と言うのか。
『法界即日蓮・日蓮即法界』が神格化の表現だと言うのか。

神格化が駄目なら『仏格化』は良いのか。何だ、其れも駄目なのか。ならば何故、貴殿は、
日蓮大聖人を拝んでいるのだ?

何? 御本尊は日蓮大聖人ではない、だと?
何? 御本尊の奥にある見に見えないモノを拝んでいるだと?

小笑。

我等末法の荒凡夫が、日蓮大聖人をして末法の御本仏として崇拝する、つまり、仏を仏と
して拝するに、何の戸惑いがあろうか。神格化してはならないだと? よいか! 『化』
ではない! 御本仏を御本仏として拝するのである!

何だ! 貴殿は、日蓮大聖人をして『御本仏化』している、とでも言うのか! よいか!
我等は日蓮大聖人を『御本仏化』しているのではなく、本よりの御本仏として崇拝している
のである!

其れにしても『法界即日蓮』が神格化の表現とはのぉ…。哀笑。

御本尊七箇之相承に曰く『師の曰はく法界の五大は一身の五大なり、一箇の五大は法界の
五大なり、法界即日蓮、日蓮即法界なり、当位即妙不改・無作本仏の即身成仏の当躰蓮花
・因果同時の妙法蓮華経の色心直達の観、心法妙の振舞なり』と。

よいか。上記御文こそは、日蓮大聖人こそが真の仏たるを示された御文である。そして、
其の真仏の証こそが当位即妙、つまりは当体蓮華の仏たる日蓮大聖人が、久遠の当初から
して能所の本理を顕された、との文意である。

久遠名字即にして凡夫即極、つまりは本有常住にして、宇宙とともに滅不滅にして永遠に
実在する無作三身の御本仏、日蓮大聖人の御内証をして『法界即日蓮・日蓮即法界』と示
されたのである。

曰く『釈迦如来五百塵点劫の当初、凡夫にて御坐せし時、我が身は地水火風空なりと知し
めして即座に悟りを開きたまひき』とは、応に『師の曰はく法界の五大は一身の五大なり、
一箇の五大は法界の五大なり、法界即日蓮、日蓮即法界なり』の文意に即するものである。

はて、

>凡夫即極・示同凡夫からして、日蓮即法界との表現は、大聖人の真意を顕している、
>とは言えない。

との貴殿の言い分は、一体、どこの教えであるか。其れを答えなさい。

>日蓮即法界のズバリの言葉はない。

…小笑。そうであるか。では再掲しよう。

御本尊七箇之相承に曰く『師の曰はく法界の五大は一身の五大なり、一箇の五大は法界の
五大なり、法界即日蓮、日蓮即法界なり』と。

尚、日亨上人は富士日興上人詳伝に於いて、御本尊七箇之相承は、まさしく日蓮大聖人の
御意によって筆せられたものであると断言されている。

少しは正意を学びなさい。
 

法華講員体験談 財務地獄

 投稿者:黒川和雄@日蓮正宗  投稿日:2016年12月16日(金)21時26分31秒 p1137-ipbfp2603osakakita.osaka.ocn.ne.jp
返信・引用
  創価学会って?

弱いものをいじめて一部の人だけ
楽をする?
創価学会という収奪システム

創価学会は、一般会員が活動や財務にがんばれば、がんばるほど、池田名誉会長や本部職員の懐が潤うシステムです。学会員には、この創価学会という収奪システムに早く気づいて欲しいです。

 私は元創価二世で、中学生の頃に疑問を持ってやめた者です。今回の知恵ノートでは、自分の父親と創価学会との間の長年にわたる関係を見て、息子の私が到達した結論を皆さまにお伝えしたいと思います。

 私の父は、熱心な創価学会員で、大B長、副支部長を務めましたが、74歳で自殺をしてしまいました。

 父は私が子供の頃から、平日の夜、休日とも学会活動に励んでいました。母は統合失調症で病弱でしたが、父親不在の家庭で、二人の姉と兄は不登校となり、高校にも行きませんでした。

 子供が四人いて家計はいつも火の車だったのに、父は聖教新聞を六部も取り、また、創価学会の書籍は全て購入しておりました。さらに、副支部長として、財務には老後の蓄えから毎年、何十万円、何百万円も寄付していたようです(父が亡くなった時、ほとんど貯金がありませんでした)。ちなみに、私は苦学生で、アルバイトをして学費を稼ぎながら大学に通いましたが、創価学会に多額の財務をしていた父からは、ほとんど援助をしてもらっておりません。

 父は家庭を顧みなかったこと、子供に信心を強制したこと、独善的で人の話を聞かない性格であることから、子供たちに嫌われ、老後はさびしい思いをしたようです。また、創価学会に入った後に統合失調症にかかった母は、信心をしていても一向に病気が治らず、いつも妄想に取りつかれていましたが、このことも父を悩ませていたようです。

 私の父を見てみると、明らかに創価学会によって騙され、搾取された人生でした。創価学会は、「この信心をやれば絶対に幸福になれる」と言って父のような不幸な人を会員にし(父はその父(私の祖父)が早世した後、親戚にあずけられたりして、不幸な少年時代を送ったそうです)、学会活動や選挙活動をさせてこき使い、聖教新聞や学会の書籍を買わせ、財務に何十万円、何百万円と寄付をさせます。そして、「信心をやめたら、罰が当たる」、「創価学会の批判をすると、罰が当たる」と言って会員を肉体的にも、精神的にも創価学会の奴隷にします。

創価学会幹部たちのの所得
(平成四年度四谷税務署公示)
 氏  名       納税額
池田 大作     8,715万円
秋谷 栄之助    1,842万円
森田 一哉     1,387万円
上田 雅一     1,301万円
青木 亨      1,024万円

(注)上記金額は、納税額。年間所得にするとこの約3倍。例えば、池田大作は2億6,145万円、月給にすると2,179万円。また、秋谷会長の年間の所得は5,526円。これは月給460万円となる。青木副会長さえも、月給258万円となる。 (以上、山崎正友著 『懺悔の告発(日新報道)』P142)

上記の創価学会幹部達の年収をご覧ください。創価学会の幹部達は、会員から金を絞り取り、自分たちは裕福な生活を送っているのです。これは平成四年度のデータですが、現在はもっともっと高収入なはずです。

 創価学会は自分たちに都合の良い教義を作って会員を騙し、奴隷にして搾取しています。すなわち、創価学会は一部のエリートが一般会員を搾取するために作られた収奪システムに他ならないのです。このことを一般の創価学会員に早く気づいて欲しくて、このノートを書きました。父のような悲劇が二度と起きないようにするためです。
 

ああ、邪教人 其の五十三

 投稿者:管理人  投稿日:2016年12月14日(水)17時44分6秒 i60-41-187-27.s42.a014.ap.plala.or.jp
返信・引用
  では、久々に参ろうか。

>「権力」だの「時流」だのといった、根本を普遍性のあるものから流動性のあるものへ変えて
>しまったことに、不幸の根本原因があると思います。

小笑。

>原田は天魔の権化だが、本部の裏も天魔入りまくって犬のように動くわw

鼻笑。

>執行部の四人組秋谷、八尋、谷川、原田、そして浩、
>お前達を信じきっている会員さんに『あれっ?』て思わせて池田先生のご指導からどれ程かけ離れて
>いるか? あらわにしてくるからねヽ(^○^)ノ

哀笑。

末法の御本仏は釈迦牟尼仏だ、日蓮聖人が本仏だと言うのは、イワシの頭を信じるのと同じだ、と言って
憚らない、黒カラスの宿坊が管理人を務める『宿坊の掲示板』。そんなアホな釈迦宗掲示板に嬉々として
投稿する反執行部の面々。果たして、そんな股ズレ連中が、現創価の邪教ぶりを如何に批判しようとも、
創価執行部などは屁とも思わんだろう。

哀笑。ったく、そんなもの。殺人犯が詐欺師に対して、其の罪業を問う様なものであって、其れこそは
本末転倒どころか、本末狂乱の痴態である。

とまれ、宗教の根本は本尊義であるから、其の本尊、つまりは其の仏をしてお釈迦様だ、という連中こそ、
創価執行部からして根本違背の輩(ともがら)となる。つまり、本尊教義に於いて、宿坊・宮田グループは
既に敗北している、という事だ。

して昨今、幸福の科学などが、アイドルユニットをデビューさせて、信者獲得の撒き餌などにしている様で
あるが、こんな新興宗教の徒輩らが、教線維持もしくは其の拡大を以って、市民大衆の好奇に迎合する姿は、
当に京都日蓮宗を首(はじめ)とする現日蓮宗の痴態に一致するものであると、当方は痛感するものである。

さても、女子の信者アイドルが歌い、若手坊主らが踊りまくって、あら楽しや現世利益、と燥ぎまくるは、
これ全く、火宅に遊ぶ小児同然の稚態であると、当方は此に責断するものである。

して観れば、相も変わらず、創価員などが、色々とくっちゃべっておる。

>先月14日、青年部を代表して、私と志賀男子部長、清水女子部長と3人で、池田先生とお会いできる
>機会を頂戴した(中略)そのお姿は当に獅子吼でありました
>(12月本部幹部会、竹岡青年部長挨拶から引用)
>でもね~、どうして政教珍聞ではこのことが報じられていないんですか~?
>カットされてますね~、池田先生の最近の状況がなぜカットされるんですか~?

哀笑。それはねぇー、池田センセーが重病人だからだよー。鼻笑。

呆笑。オマエ、まだ知らねぇーのかよー。

>先生は、代表者にお会いして、報告を聞くぐらいに回復されているんですか~?

哀笑。だからぁ~、回復なんかしてねぇーんだよォー!

哀笑。其れよりも何よりも、抑も重病人が何であちこちに行けるんだよォ~!

哀笑。だから秘密なんです。だからカットなんです! 糞笑。

>回復されているのなら、原田怪鳥様、南アジア訪問団のことは報告されたんですか~?
>原田怪鳥様は何故か、全然そのこと(先生の状況)には触れられていませんが、なぜでしょうか~?

哀笑。だからぁぁー! 池田センセーが大重病人である事を、怪鳥先生が隠しているんですよォー!

>池田先生の「い」の字もおっしゃいませんけど~、なにかマズイことがあるんですか~?

哀笑。そんな事、当たり前でしょ! 池田センセーが実は「言語不明瞭・寝たきり・オシメ」の状態である、
などと、そんなマズイこと、言えるわけないでしょぉー!

>そりゃあ、大名旅行で、カニ食って、舌鼓鳴らして、贅沢三昧な北陸指導?(旅行)じゃ
>沈黙もやむをえないデスね~(笑)

腹笑。それとこれとは別だよ!

とまれ、学会の大幹部などには、政務活動費など有る訳ねーから、支給放題、使い放題、改竄のし放題で、
ズボズボ状態である事は間違いなかろうて。つまり、大幹部による地方指導などは、須らく大名旅行と同じだ
という事である。

>竹岡青年部長サマ、もっと先生のことを発表しましょう。カットされたことを怒りましょう!
>政教珍聞に怒鳴り込んだらいかがですか~(笑)

呆笑。其れは宿坊掲示板(釈迦宗掲示板)に投稿しているオマエら創価身中の蝗蟲どもがヤル事である!

他力本願もいい加減に致せよ!! なぁ、オマエ!

>天魔ハラダ追放決起集会的有志座談会をついに。
>今夜やります!
>びびれ、アホども。
>対話を甘く見るな。
>負けません。

小鼻笑。其の前に、宿坊釈迦宗掲示板を呵責せよ! そーであろう! 阿呆どもよ!
よいか。釈迦本仏の宿坊を破折せぬ内は、オマエらに創価首脳を批判する資格などはない!
よいか。馬鹿に阿呆の見分けなどは出来ないのである!

>この(宿坊)板には、信心の根幹を揺るがすような情報があります。
>かつての宗門問題等、矢面に立ち、闘って、それらのダークな情報の洗礼を受けていないと
>きつい内容が多々あります。
>信心が揺らぐといけませんから、何か心に引っかかることがあれば、ここの論客の方の考えなど
>参考に聞いてみると良いかと思います。
>凄い方々が、たくさんいらっしゃいますので。

大爆笑。

日蓮大聖人が末法の御本仏と信じるは、これイワシの頭を信じるに同じ、と侮言した宿坊管理の掲示板に、
凄い方々が沢山いる、とは如何なる事か。つまりは、凄い莫迦が大勢沢いる、という事か。
オマエ、大丈夫か? 其のアタマ…。

尚、言って置くが、宗門問題などは、すべて、創価の魂胆であって、好き勝手な事を先ずはやり、
其のボールを宗門に投げ、容認ならば支配し、破門となれば被害者然として反抗する。つまりは、
そーゆー、テメェ―から仕掛けておいて、相手から挑発した、とすり替える、其れこそ、現中共支那
(旧共産ゲリラ・八路軍)がやっている事と同(おんな)じだ、という事ある。

呆呆。ったく、少しは恥を知りなさい。よいか、思行に於いて中共支那と肩を並べるは、此れ全く野蛮に
成り下がる、という事を識(し)りなさい。

>執行部は、師敵対です。
>それも、池田先生に対しての大恩を裏切っただけではありません。
>日蓮大聖人、日興聖人、日目聖人、牧口初代会長、戸田第二代会長、全てに師敵対です。
>教義を勝手に改正、おかしくした事は、須田さんの著作などでも明らかです。
>また、その経緯も、すでに明らかになっています。
> 一般の会員は、そんな事知らないのですよ。自覚もない。

哀笑。

池田先生に師敵対…?
日蓮大聖人、日興聖人、日目聖人、牧口初代会長、戸田第二代会長、全てに師敵対…?

して、オマエにとって、どれが本当の師であるか。鼻笑。

因みに、日興・日目の両師は「聖人」ではない「上人」である。
加えて、池田第三代会長を「先生」と呼ぶならば、牧口・戸田両会長についても「先生」と
呼びなさい。

オマエ、それでも創価員か。否、現在の創価員は、オマエの様な莫迦者しか居らんという事か。

>一般の会員は、そんな事知らないのですよ。自覚もない。

莫迦者! オマエの様な者に「一般の会員」などと言われて堪るか!

莫迦にするものではない。そーであろう。増長の阿呆よ。哀怒。

尚、宗教組織に於いて教義を勝手に改正するは、其の元からして尊仰しておらんから、気軽に変更が
出来るのである。ったく、そんな事も解からんとは、オマエの智識は、あの南都六宗より劣るという事か。
否、其れこそは、郷門の日会が、日有上人に対して『日興上人は大石寺の大坊を日目上人に譲られたのでは
ない。其れこそは日代上人に譲られたのである』などと、自門の師匠である日目上人の御遺徳を貶すが如く、
真(まこと)に哀れな恥態である、という事を、オマエは今こそ知るべきである。

よいか。一般の会員は何も知らない、自覚もない、などと、生意気な事を言うものではない。
其れこそは「黙れ! 小童(こわっぱ)!」である。

>先生のビデオ
>日顕宗からの独立の話

糞笑。

日顕宗なんて宗教、何処(どこ)にもねーよ!

もし有る、というならば、こっちに来い!!

当方が相手に成ってやろう!

おっと! もう時間が来てしまったか。

では又、次回と致そう。

ああ、邪教創価人!

邪教人への呵責はこれからも続く。
 

"池田大作の言葉は創価学会本部の代筆"と元職員が実名証言! だが告発本の広告出稿を全国紙が拒否

 投稿者:黒川 和雄@日蓮正宗  投稿日:2016年12月14日(水)10時04分41秒 p1137-ipbfp2603osakakita.osaka.ocn.ne.jp
返信・引用
  自民党と政権与党を組む公明党の支持母体・創価学会が揺れている。「絶対平和主義」を掲げる創価学会では昨年の安保国会でも多くの学会員がデモなどで反対を表明したが、公明党は意に介さず自民党を追随し、強行採決に加担。今後、憲法改正についても自民党と共同歩調をとるとの見方が強く、信者には動揺と不安が広がっている。

 本サイトでもレポートしてきたように、池田大作名誉会長の平和主義と護憲の教えに反する近年の公明党の動向は、昨年11月に起きた学会幹部の"粛清人事"の影響が強い。

 原田稔会長体制が11年目を迎えた創価学会内の派閥闘争では、官邸と強力なパイプをもつ"親自民党"の谷川佳樹氏と、平和主義と護憲を全面に打ち出し"連立解消"の強硬路線をも視野に入れる正木正明氏との間で、次期会長レースが展開されるものと目されていた。が、昨年の幹部人事で、原田会長と谷川副会長の続投が決まった一方、正木氏は理事長のポストを追われ、会長の諮問機関にすぎない「参議会」副議長という閑職に飛ばされた。事実上の左遷であり、学会幹部の"安倍政権擦り寄り人事"だといわれている。

 そんななか、今月8日に日本外国特派員協会で、元創価学会職員である野口裕介氏、滝川清志氏、小平秀一氏3名が会見を開いた。彼らは本部の幹部との意見対立などが原因で12年に職員を懲戒解雇、14年には創価学会を除名されており、その後「創価学会を護りたい」との思いからブログを開設。会見では、その権威主義化した執行部の実態をこう暴露した。

「毎日届く聖教新聞を見れば、池田(大作)先生からの長文のメッセージが連日掲載されていました。(しかし)私たちは本部職員が、師匠(=池田大作)のメッセージを代筆している実態を知っていました。ゆえに、本部職員が師匠の代わりにメッセージを代筆して、聖教新聞に掲載して、創価会員員を欺くために、ご判断のできない師匠を利用していると思ったのです」(滝川氏)

 つまり、本部が池田名誉会長の"ゴースト"としてメッセージなどを代筆し、その権威を利用しているというのだ。

 周知のとおり、池田名誉会長は2006年を最後に公の場から姿を消しており、その健康状態の悪化がささやかれているが、滝川氏の言うように、機関紙「聖教新聞」ではその後も「先生が創価大を訪れて学生を激励した」などの記事が書かれ続け、長文のメッセージも出ていた。さらに、原田会長は今年9月22日付の朝日新聞のインタビューで、池田名誉会長の健康状態について「元気にしておりますよ。執筆活動などに専念しています」「この夏の研修で(会いました)」と明言し、健康悪化説を払拭しにかかっている。

 ところが、元創価職員3名によれば、実際には池田名誉会長は「重病で、物事のご判断ができない状態なのではないか」と言う。3名が11月に上梓した『実名告発 創価学会』(金曜日)には、その疑念がこのように書かれている。

 まず、公明党と創価学会は憲法9条をめぐる従来の政府見解を支持し、集団的自衛権の行使容認に反対してきたが、14年の閣議決定では翻って賛成に転じた。ところが、こうした「平和主義」の大転換を迎えてもなお、池田大作名誉会長からは一言のメッセージもない。健在ならば、これはどう考えても不自然だ。さらに、同書には池田名誉会長の重病説と執行部による"ゴースト支配"を裏付ける、こんな出来事も紹介されている。

〈2015年9月2日、師匠の友人であり、「平和学の父」であるヨハン・ガルトゥング博士が、「安全保障関連法案に反対する創価大学・創価女子短期大学関係者有志の会」に対して、声明文を寄せられた。それは、「(安保法案反対について、)古くからの友人である池田大作氏に呼びかけます」と、師匠に共闘を願う熱きメッセージであった。
 しかし、このガルトゥング博士の呼びかけに対して、師匠からは何の反応も出ていない。「一度結んだ友情は絶対に裏切らない」とは、師匠の信念だ。世界平和のために対談集も編まれた知己からのメッセージを無視することなど、絶対に考えられなかった。〉(『実名告発 創価学会』より)

 一方、聖教新聞では連日のように池田名誉会長の言葉がならび、健在がアピールされていた。同書は〈学会本部は、健筆を揮う師匠を演出している。そうやって師匠が安保法制に賛成しているように"作出"したとしか思えない〉としているが、事実、本部職員だった彼らは『新・人間革命』をはじめとする池田名誉会長の著書や各種メッセージなどが、15年以上前から"ゴースト"が作成したものであることを知っていた。

 たとえば、池田名誉会長が学会員を激励するために贈る「書籍」や「和歌」「押印和紙」には、「大作」印の印鑑が押されるが、著者である小平氏と滝川氏は10年以上にわたって「会員奉仕局」という職場に所属し、その業務を実際に行っていた。さらに同書にはこのような具体的な実態が明かされている。

〈また会員奉仕局への指示元であり、師匠の秘書業務を担う第一庶務には、各種会合などに向けて「池田名誉会長からのメッセージ」を作るチームがあった。〉
〈また『聖教新聞』に連載される「新・人間革命」や「わが友に贈る」も、師匠が弟子に一任している実態を見聞きしてきた。
「新・人間革命」は聖教新聞社の中に作成するチームがあり、資料集めから原稿作成に至るまでを担当し、最終的に第一庶務がチェックして完成させている。〉

 こうした"ゴースト"は、実に対談集にまで及び、なかには以前一度会っただけで、本のもととなる対談も実際に行っていないケースもあるという。

〈さらに、書籍『法華経の智慧』や、師匠と世界の識者との対談集の作成も、実際には師匠が『聖教』の局長、部長クラスの新聞記者に著書の大方針を伝え、その後は担当した弟子(『聖教』記者)が作成していると職場上司から聞いていた。前述したが、ローマクラブ共同代表のヴァイツゼッカー博士(注:ドイツ人環境学者。14年に対談本『地球革命への挑戦 人間と環境を語る』を出版)も、「池田名誉会長との対談集は、直接名誉会長と会って作っている訳ではなく、ドイツSGI(注:創価学会インターナショナル)が日本の学会本部との間に入ってくれて作っている。池田先生とは数年前に創価大学の卒業式で一度会っただけなのです」と証言している。〉

 こうした池田名誉会長の"ゴースト"は、滝川氏らが本部職員であった当時から横行していた。だが問題なのは、池田大作が公から姿を消した後も、本部は「健在」をアピールしつつゴーストを続けており、それが創価学会、ひいては公明党という与党にまで多大な影響を与えているという事実だ。同書はこう糾弾している。

〈しかし、今、師匠が物事を判断できず、意思を示せないと思われる状況の中での「代筆」は、師匠の意思も精神も失われているどころか、本部執行部の不正を正当化することになりかねない。それは師匠を利用する以外の何物でもない。
 本当の意味で創価を護ることとは、職員が会員を騙す「代筆」を続けることではなく、一刻もはやく師匠の真実の状況を全学会員に知らせ、弟子が一丸となって師の健康を祈ることではないのか。〉

 赤裸々に告発される池田大作の"ゴースト問題"と、その名を騙って肥大化する執行部の権威主義。学会本部の意向が連立与党の公明党の政策をも左右することを考えれば、こうした問題をたんに学会内のスキャンダルに終わらせてはならないことは言をまたない。

 ところが、この実名告発を後追いするマスメディアはほとんど皆無と言っていい状況だ。そこには創価学会がテレビやラジオ、そして新聞に巨額の広告を出稿するなど大口のスポンサーであることが関係する。さらにこうしたマスコミのなかに宗教問題に触れることで面倒を起こしたくないという萎縮の姿勢が出来上がっていることも大きいだろう。実際、この『実名告発 創価学会』に関しても、新聞への広告出稿を拒否されるという事態が相次いだという。

「例の告発本は毎日新聞や読売新聞、その他、複数地方紙に出稿を打診するも、ことごとく断られた。いまのところ出稿が通ったのは、ごく一部の新聞だけだと聞いている。とくに毎日の関連会社が聖教新聞を印刷していることは周知の事実だが、2000年にも学会批判本の広告を直前で出稿NGにしたことがあった。背景にはもちろん"創価タブー"というべき巨大広告主に対する自主規制があるが、ほかにも創価関連とも仕事をする代理店を通すことになるので、別のクライアントへの配慮もあるだろう」(創価学会を追うジャーナリスト)

 注視すべきは、安倍政権にすり寄る公明党と創価学会執行部の現状だけではない。創価内部からの是正の声をも無視する大マスコミは、権力監視の責務を果たしているのか。わたしたちはそこにも疑問を投げかける必要がある。
(編集部)

 

これはビックリですね。「実名告発創価学会」の創価員が英語で世界に発信

 投稿者:黒川 和雄@日蓮正宗  投稿日:2016年12月11日(日)23時09分10秒 p1137-ipbfp2603osakakita.osaka.ocn.ne.jp
返信・引用
  元公明党参議院議員 福本潤一氏(現日蓮正宗法華講)の投稿より転載
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創価大学卒の創価本部職員3名が、創価混乱の中、クビになった。本部職員の粛清の嵐の中の出来事である。総仕上げ的にトップの正木理事長の更迭もあった。2013年11月18日の信濃町大聖堂の完成のあとは、特に教義変化・本尊変更など異常な事態が続くが、創価ウォッチャーですら、あきれる不可解な事態であるようだ。2016年11月25日に福本講演会で分かりやすく解説し、12月1日に高野孟が日刊ゲンダイで大枠を報告したが、依然としてわかりにくいようだ。そこで、3名が外国特派員協会で主張したヴィデオが公開されているので、ここでも見れるようにした。パソコン作業の裏で流せる。いまだ池田を疑うことができない、信じないといけない創価大学OBたちが哀れでもあるが、彼らの動きもチエックしておく必要があろう。創価本部職員らは、最後は年金などで脅され、本部主流派に敗北するが、彼らは、クビになった分、戦わざるを得ないだろう。どこに行く創価学会と公明党ということである。
ttps://youtu.be/_YT8tNT8pTw
 

日蓮宗大本山 小湊誕生寺

 投稿者:管理人  投稿日:2016年12月11日(日)14時25分28秒 i60-41-187-27.s42.a014.ap.plala.or.jp
返信・引用
  言うまでも無い。

ここで云う誕生寺とは、千葉県の鴨川小湊に在る、日向門流一致派・身延日蓮宗の寺の事である。

尚、日向門流身延派の大本山は、同じく千葉鴨川の清澄寺の他に、
六老日頂を追い出した日常開基の中山法華経寺(同県市川市)、
日向を嫌った日朗が開基の池上本門寺(東京都大田区池上)、
其の日朗の弟子である日像が開基の妙顕寺(京都市上京区)、
越後の摩訶一を師とする日静が開基の本圀寺(同市山科区)、
加えて、身延から離山した日興上人開設の重須本門寺(静岡県富士宮市北山)、など、計七本山がある。

して、此の誕生寺の開基については、身延派に於ては「寂日房日家」、当流に於ては「寂日房日華」を
以って同一人物としているが、抑も、日興上人が「寂日房」との個称を以って、「日家」の甥とされる
美作房日保への手紙(美作房御返事)に「寂日房」と記されるは、是れ全く「寂日房日家」と「寂日房日華」が
同一人物、いや、其れよりも房州出身の「寂日房日家」なる者は存在せず、まさしく「寂日房日華」一人を
以て「寂日房」とするが正解であると、当方は思うものである。爾して、其の「寂日房」が弘安七年(1284)、
身延の日興上人の下に居た事が、上記、美作房御返事の内容からして明確となるのである。

爾して「寂日房日華」は、我が宗門の本山たる下条妙蓮寺を開創し、又、総本山大石寺塔中寂日坊の開基に
して、日興上人本六老の上人であるから、もし、身延派が云う「寂日房日家」が実在していたのであれば、
其の「日家」こそが間違いなく「寂日房」であった、という文証を、此に示さなければならないだろう。

おっと、歴史の小勉強などはこれ位にして、其の「寂日房日家?」なる者が開創したという誕生寺が、
こんな事を言っておる。

『2月16日が日蓮聖人誕生の聖日であることについて、聖人ご自身が記すところはありません。
「日蓮は東海道十五ヶ国の内、第十二に相当る安房国長狭郡東条郷片海の海人が子也」(本尊問答抄)などと
あるのみです。誕生の日が明記されるのは、正慶2年(1333)頃に成立した日蓮聖人の伝記本である
日道上人著「御伝土代」です。本書は、現在に伝わる伝記本の中で最も古い一本ですが、「後のほりかわいん
の御宇貞応元年2月16日たんしやう(誕生)なり」とあります。当然の事ながら2月16日は旧暦ですから、西暦
(ユリウス暦)に換算すると3月30日になります。日蓮聖人が誕生されたのは、暖かな風そよぐ春爛漫の房総
だったのです』【誕生寺HPより】

して観れば、其の日蓮大聖人の御誕生日を、其れこそ誕生寺が説明するに、我が日蓮正宗第四世、日道上人の
御伝土代の引用を以って行うとは、いやはや何とも殊勝な事ではないか。小鼻笑。

だが、其の様な事をしていると、彼の望月や執行や宮崎や勝呂や早坂や戸頃や…、つまりはそんな学者坊主に
叱られるのではないか。哀笑。

何せ、其の御伝土代には、日興上人唯一人が大聖の正義を立つ、と明記されているのであるから、オマエら
身延派からすれば、全く都合の悪い文書となるのであろう。

其れにしても、爺さん婆さんが、網代笠を被り、背中に十界曼荼羅が画かれている白い法被(はっぴ)を身に
纏い、団扇太鼓を「トンツクトントン」と叩きながら練り歩く行態は、八品派と同じであるという事か。

鼻笑。

何てことは無い。

身延も八品も、其の根っこは同じだという事である。

ここでオマエらに問おう。

水行祈祷会とは一体何か。

九識霊断法とは一体何か。

加えて、観世音菩薩普門品第二十二を読経する依義とは一体何か。

此等の事を、日蓮大聖人の御教から明示せよ。

よろしいか。

今更言うまでも無いが、文献主義のオマエらからして、文献に無い事を容認する筈もなかろうから、
上記の詰問については、須らく日蓮大聖人の御真蹟を以って示されるものとなろう。

又、そうでなければ、オマエらの理屈からして、日蓮正宗のみならず身延日蓮宗さえも邪宗という事になる。

よろしいか。上記の事は、すべて、オマエらの周辺で行われている事である。

改めて問う。

上記の文献を直ちに出しなさい。
 

元創価副支部長、脱会体験記

 投稿者:黒川 和雄@日蓮正宗  投稿日:2016年12月10日(土)14時13分43秒 p1137-ipbfp2603osakakita.osaka.ocn.ne.jp
返信・引用
  平成21年、学会員だった義兄が自殺しました。

葬儀は、もちろん学会葬でした。

私と妻は、その日から毎晩のように、義兄の幽霊を感ずるようになりました。

いるはずもない義兄が、玄関のドアをガチャツと開け、バタンと閉めて我が家に入ってきて、家の中を好き勝手に動きまわる気配と、生臭い匂いが、はっきりと感じられました。

ソファーに座っていると、後ろから強い力で押されて落とされそうになったり、
布団に入った妻が羽交(はが)い締めにされたり・・・

そうした感触をリアルに感じるのに、現実には誰もいない。

あまりの不気味さに、妻は1人でトイレに行くこともできず、恐怖と睡眠不足からノイローゼ気味になり、私も仕事に支障をきたすようになっていました。


そのような私の家に、御住職は、定期的に通ってきて、折伏してくださったのですが、
私は、
「お寺に付けるために都合のよいことを言っているのだ」
と思い込み、
まったく聞く耳を持ちませんでした。


私は、小学生の頃から母に連れられて折伏活動をし、水や塩をかけられながら、それでもあきらめずに折伏を続けるというように、学会活動に邁進する学会幹部の一族の中で育ちました。

青年部時代は、副本部長、創価班として、また、牙城会として会館の警備を何十年も務め、
壮年部になってからは、副支部長として、精いっばい頑張ってきました。


破門後も、私は学会員としての誇りは失っていませんでした。


御住職に、何度、訪問されても、迷惑にしか思えず、居留守を使ったり、
面と向かって、
「何度来られても気持ちは変わりません!迷惑ですので2度と来ないでください!」と追い返したり、ずいぶん失礼なことをしてきました。

しかし、御住職は、熱心に通い続けてくださったのです。

そんな御住職の生命力と行動力を間近に見て、いつしか、私の心にも変化が現われてきました。

そして、私は、“御住職の話や折伏の振舞いは、なぜか、学会草創期に自分がしてきた折伏とダブって、懐かしい感じがする。信心の原点のような気がする。唯一無二の正しい御本尊様は日蓮正宗にしかない”と思い、訪ねてきてくださった御住職に、創価学会をやめ、日蓮正宗の信徒になる意志をお伝えしたところ、御住職は涙をこぼして喜んでくださいました。

そして、御住職に創価学会のニセ本尊を外してもらい、翌日、晴れて勧誡を受け、13年ぶりに、我が家に正しい御本尊様をお迎えできたのです。


私は、自殺した義兄の幽霊に悩まされていることや、そうした怪奇現象が、私の家だけでなく、姉や義兄の娘(共に学会員)の家でも起こっていることを御住職に相談しました。

すると、御住職は、塔婆供養をしてくださり、義兄の戒名を付けて、過去帳も作ってくださり、御祈念してくださいました。

すると、我が家では、怪奇現象がピッタリと起きなくなったのです。

この一例をとっても、創価学会の"友人葬"では成仏できないことが明白です。

なお、私が住む市においても、創価学会員の自殺が後を絶ちません。


私達夫婦は、御住職の御指導のもと、まずは身近な学会員から折伏していくことを決意し、長女一家、次女一家を折伏し、勧誡を受けることができました。

御住職と共に、学会員のお宅へ何度も折伏に行きましたが、私達が日蓮正宗に付いたことから、

創価学会の中では「来ても取り合わないように」との通達が流れ、今まで懇意にしていた多くの学会員が聞く耳を持たなくなり、挨拶もしてくれなくなりました。

しかし、御住職が私達の折伏をあきらめなかったように、私もあきらめることなく学会員への折伏を続けていこうと決意しました。


創価学会では、「大石寺は、荒れに荒れて、とても危険な所になっている。もうすぐ潰(つぶ)れて無くなる」と聞かされていたのですが、実際には大違いでした。

桜の木はそのままだし、以前にも増して総本山特有の荘厳さがみなぎっていたのです。

この現実を前にして、創価学会で流される情報が、いかに嘘で塗り固められていたかを、まざまざと見せつけられた思いでした。

私はますます、「日蓮正宗こそが、世界で一番正しい宗教である」と確信いたしました。

そして、私はあらためて、「残りの人生は全て、広宣流布のために、御本尊様に御奉公させていただこう」と決意し、16名の方を帰伏・入信に導くことができました。

思えば、学会時代の私は、幹部として創価学会の指示に従い、宗門や御僧侶を誹謗していました。

その罪は非常に深いものであり、私は大変な過ちを犯してまいりました。


今の学会員の悲惨な状態を見たとき、謬(あやま)てる宗教の恐ろしさを痛感せずにはいられません。

また、創価学会の「謗法」、なかんずく「ニセ本尊の害毒」が国難に大きく影響していると強く確信します。

この現状を、日蓮大聖人様は、きっと嘆き悲しんでおられるに違いありません。

大聖人様の御心を肌で感じ、折伏を実践しているのは、日蓮正宗の僧俗だけです。


日蓮大聖人様は、『法華初心成仏抄』で、

「人の地に依りて倒れたる者の、返って地をおさへて起(た)つが如し」(御書P1316)

と仰せられ、

正法に背いたものは、正法を受持することによって、初めて罪を消滅させることができることを御教示くださっています。

私は、正法誹謗の罪を消滅させていただくためにも、

日蓮大聖人様の御当体たる「本門戒壇の大御本尊様」を堅く信じ、

正統なる血脈に随順して、心から懺悔して、唱題・折伏を行じ、広宣流布を目指して頑張ってまいることを決意しております。
 

莫迦に付ける薬は、莫迦に対して莫迦呼ばわりするしかない

 投稿者:管理人  投稿日:2016年12月 9日(金)06時24分50秒 i60-41-187-27.s42.a014.ap.plala.or.jp
返信・引用
  しかし何だ。

相も変わらず半狂乱の臆病者が、木蔭から唾を飛ばして喜んでおる。糞笑。

ったく、情けない奴よな。小腹笑。

して観るに、

其の木蔭から飛ばしている唾が、ヤスベン(安永弁哲)の唾と同じであるとはのぉ…、小鼻笑・・
いやはや何とも、開いた口が塞がらんよ。なぁ、オマエ。呆哀。

さてやオマエは莫迦なのか、いや、莫迦の中の莫迦なのか。糞笑。

ったく、国会質疑に於いて、時間が余ったからと般若心経を読み出す莫迦が居ると思えば、
福島県から来ている児童に対して『菌』などと言う莫迦な教師も居る。
いや、当方からして、毎年、渋谷の交差点で莫迦騒ぎする連中こそも、そんな莫迦の一種類と思うが、
オマエの様なヤスベンの戯言を今更に引っ張り出して得意然とする人間こそ、正真正銘の莫迦であると、
当方は思うものである。

兎にも角にも、此の世の中、あれやこれやの莫迦があまりにも多すぎる。

おっと! 当方とて、そんな莫迦の一人やも知れん、が! そんな莫迦に莫迦と言われる莫迦とは、
一体どんな莫迦であるのか! おい! オマエの事だよ! 何処(どこ)覩(み)てんだよ、オマエ!

尚、言うが、女性の下着を偸盗する坊主も、莫迦の中の莫迦である事は、言うまでも無い。

しかし、そーゆー莫迦の中の莫迦も、正法に唾するヤスベン連中の莫迦から比べれば、百万分の一の莫迦と
成るが仏法の法規である。女犯は降格、追放とは成らず。況や、下着の偸盗をや…。糞笑。

おっとぉ、、! 横道にズレてしまったか!

まぁ、よいわ!

>最悪の邪教・顕正会が…

バカモノ!! 創価からして、顕正会のどこが邪教なんだよ!

教えてくれよ。頼むから! 堪笑!

言って置くが、今の創価は、顕正会よりも節操のない邪教である!

つまり、腐っている鯛よりも酷い、応に蛆が湧いている鯛である!

何とかしろよ、オマエ!

其れにしても、公明党の親分。

自民党の事だよ!

其の自民党の都議会連中。

彼の小池女史が『慣れ合いや根回しで事を丸く収めるのではなく…』と発言した事に対して、
意趣返しよろしく事前通告なしの質問を矢継ぎ早に浴びせておる。呆笑。

なんだ。オマエら都議会自民党の質問は、慣れ合いや根回しの産物であったのか!

ったく、どーしようもない連中よな。つーか、大人気(おとなげ)ねーんだよ!

つまりは、オマエらも莫迦だ!! という事である!!

はてさて!

当室巻頭文に云く『頼基が良観房を蚊・虻・蝦蟇の法師なりと申すとも、経文分明に候はゞ御とがめ
あるべからず』と!

つまり、邪宗の坊主や、其れに連なる者に対して、カだ! アブだ! ガマガエルだ! と言おうとも、
仏法義からして正解であるから、決して咎められるものではない、という事である!

よいか! 仏法上の莫迦は、世法の莫迦より、大莫迦なのである!

ったく、そんな初歩も知らんから、我らが言う莫迦者呼ばわりを、単なる悪口としか受取れんのである!

つまりだ、オマエらの脳みそは、彼の南都六宗の脳ミソと大して変わらん、という事である!

だからこそ言う!

『莫迦に付ける薬は、莫迦に対して莫迦呼ばわりするしかない』と!

哀笑。どーであるか。よーやく、此の言葉の意味が解かって来たであろう。

果たして、目の前に居る莫迦は、世法に於ける莫迦であるのか。それとも、仏法に於ける莫迦であるのか。

当に、其れを見分ける眼力こそ、正法正義の一法に依って培われるのである!
 

法華本門流(日隆・八品正意)の稚行を嗤う

 投稿者:管理人  投稿日:2016年12月 8日(木)17時32分28秒 i60-41-187-27.s42.a014.ap.plala.or.jp
返信・引用
  あじろ傘をかぶり団扇(うちわ)太鼓をもった坊主が、行脚の姿で市中を練り歩き、

『トンツクトントン! トンツクトントン! ナムミョーホウレンゲキョ―』の下種活動。

鼻笑。ったく、何とかならんのかい! 八品よ!
 

顕本法華宗(妙満寺)の出鱈目(デタラメ)を破す

 投稿者:管理人  投稿日:2016年12月 8日(木)17時31分31秒 i60-41-187-27.s42.a014.ap.plala.or.jp
返信・引用
  妙満寺に云く、

『信仰する上でご本尊を決して誤ってはならない』
『拝むのは日蓮上人像でもなく、御位牌でもない』
『本宗信徒が拝むべきはお曼荼羅のご本尊である』
『他宗のお札なども仏壇の中に祀ってはいけない』

加えて、

『曼荼羅の中の神、菩薩を取り上げて礼拝の対称にするのは誤りだ』

などと言う。

鼻笑。

果たして、その様にたくましく豪語する本迹勝劣の真似事宗団が、己(おのれ)の教線を
拡大するに、何故、一致派身延の門下連合に組し、各イベントに於いて、其の協力協賛を
得ながら、布教活動するのであるか。

言っておくが、一致派身延などは、お前ら顕本が嫌う、曼荼羅中の一神、一菩薩などを
一々取り出して拝んでおるぞ。

果たして、お前らが云う処(ところ)の「鬼子母神や大黒天の神像・掛け軸を拝んではいけない」
との教義からして、明らかに矛盾する行為ではないか。

だから小生は言っておる。

お前ら顕本法華宗などは、抑も教義からして出鱈目(デタラメ)であると!

本より、其の様な事は、本多日生の本尊義に於ける右往左往からして最早明白なのである!

そんな顕本法華の邪僧が云く、

>曼陀羅本尊は観心の法門、信行に必要なものですから、もし観心の法門に熟さない一般の
>信徒を対象とするならば、世間的な仏像形式も可と考えるべきでありましょう。

鼻笑。

本より、こういう戯れ言を並べる事自体がに本尊義に迷っている、という事であり、
本尊は勝れたるを用いるべし、との日蓮大聖人の御金言、つまり今時末法に於いては最高の本尊を
即時に、しかも終始一貫用いる、との御金言に背くものである。

はてさて『世間的な仏像形式も可』などと、ダブついたオレンジ色の袈裟を纏いながら、
莫迦な事を云うものではない。

ったく、其の〝世間的な仏像形式も可〟とは如何なる法義から摘出したものか。其の世間的な
法義的根拠を此に述べてみよ。哀笑。

加えて『観心の法門に熟さない一般の信者』とは、末法正機の下種からして、一体どの様な衆生を
指すのであるか。

さても『観心の法門に熟さない一般の信者を対象とするならば、世間的な仏像形式も可と考えるべき
でありましょう』などと、つまりはお前等からして仏像は曼荼羅受持までの方便だと言うのか。
つまり何だ、結局、釈迦仏は方便という事か。小鼻笑。おかしいではないか。釈迦仏はお前等からして
御本仏様ではないのか。

哀哀。よいか。そーゆー姿こそ、妙満寺に懐柔された本多日生の本尊雑乱の残態と云う事なのである。

因みに、玄妙は曼荼羅本尊の事をして『即身成仏之亀鏡也』と云っておるぞ。
果たして、此の『即身成仏之亀鏡也』の本尊とは、観心の法門に熟さない一般の信者には不用
という事であるのか。

何とも訝(いぶか)しい顕本よ。上記の矛盾だらけを何とか致せ!

加えて顕本法華の信者が云く、

>久成釈尊を表わすのに脇士を副えるとなると経済的にも大きな負担にもなるし、今後の事を
>考える時、その点紙幅の御本尊ならば何の問題も無いわけである。

小笑。

何だ、今度は経済的負担を理由にして、仏像(お釈迦様)よりも紙幅の曼荼羅を優先するなどは、
さっきの『観心の法門に熟さない一般の信者は仏像形式も可』という教義からして、何とも可笑しな
話ではないか。小笑。

ならば、観心の法門に熟さない一般の信者、つまりお前らが云う処(ところ)の曼陀羅本尊に即さない
信者が、経済的負担を以って脇士仏像さえも安置出来ぬとなれば、一体、それらの信者は何を拝めば
よいのだ。

鼻笑。いやはや、なんとも滅裂な本尊義ではあるよな。哀笑。

加えて釈迦仏の脇士を替えるに、其の択んだ曼荼羅本尊の相貌の中に、当のお釈迦様自体が脇士と
なっていたら、お前らは一体どうするのだ。 その場で気絶でもするのか? 小笑。

はてさて、本多日生も、相変わらず草葉の陰で迷っている事であろう。

小笑。ったく、これも『ダメだ、こりゃ』の一例である。
 

宗教ビジネス創価学会の実態を暴露! 除名された元本部職員が公開座談会開催。

 投稿者:黒川 和雄@日蓮正宗  投稿日:2016年12月 8日(木)05時43分47秒 p1137-ipbfp2603osakakita.osaka.ocn.ne.jp
返信・引用
  宗教ビジネス創価学会の実態を暴露!
除名された元本部職員が公開座談会開催。
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創価学会本部のありえない行為

金銭横領疑惑について述べる滝川清志さん。(写真/赤岩友香)

創価学会本部の職員だったが懲戒解雇され、学会からも除名処分となった野口裕介さん、滝川清志さん、小平秀一さん。学会本部を改革するため、活動を続ける彼らは6回目となる座談会を11月12日、かながわ県民センターで開催した。

創価学会・牧口常三郎初代会長の言葉に「下から上を変えていけ」というものがあるが、座談会ではそれとは真逆の実態が報告された。木本貴子さんは、パートナーと購読していた『聖教新聞』を経済的な理由で2部から1部に減部したいと申し出たところ、学会幹部Aは拒否。さらに木本さんはAからさまざまな問題発言を受けたため、対話を求めてきたが、学会から除名処分となった。

木本さんの件で友人も除名処分となったという野口桃子さん。野口さんは友人が処分となった理由をAに尋ねていくと、処分を受けた。「なぜ学会本部はAさんを守るのか」(木本さん)。

滝川さんはAがかかわったとされる学会本部内の金銭横領疑惑について語った。真偽はさだかではないが、学会本部はこうした疑惑について公表すべきではないだろうか。

参加者からはそれぞれの地域で幹部に意見をしただけで、つまはじきにされる実態などが語られた。

12月11日10時半~、創価学会本部前でサイレントアピールが行なわれる予定だ。

(赤岩友香・編集部、11月25日号)
 

ある法華講員のお話

 投稿者:黒川和雄@日蓮正宗  投稿日:2016年12月 2日(金)17時40分37秒 p1137-ipbfp2603osakakita.osaka.ocn.ne.jp
返信・引用
  気になる一言。

「創価学会仏なんてどうでもいいし、大御本尊もどうでもいい」

30代くらいの男性の創価学会員は、私に言いました。

どうでもいいってひどい話だなぁと思いました。

だって、毎日、家の御本尊様に手を合わせてるでしょ?

学会の人は、今はニセ本尊になっていますが。

でも、何かあったら、手を合わせて御本尊様にお願いするでしょ?

病気をしたら、どうか早く元気にして下さいって。

怪我をしたら、どうか早く治して下さいって。

家族が健康で毎日無事に過ごせますようにってお願いするでしょ?

いいんですか?そんなこと言って?

もう、何も信じてないってことなんでしょうか‥。

そもそも家の御本尊様は大石寺の大御本尊様のお写しです。

そのことが、わからなくなっているのが学会員です。

私は何度でも言います。

あなたが手を合わせている御本尊様は大石寺の大御本尊様のお写しですよ。

こういう話しを聞いたことがあります。

山の向こうに煙が見えたら、火があることを知りなさい。

東の空に太陽があれば、三方(西、南、北)には無いことを知りなさい。と。

まさに道理です。当たり前のことです。

お家の御本尊様は一体どこから始まっているのか?

考えたらすぐ答えは出るのに。

それがわからなくなっている学会員。

私は何度でも言います。

警察を呼ばれても、頭がおかしいって馬鹿にされても。

破門された学会に所属していては、絶対に幸せになれません。

大石寺の元の正しい信仰に戻りましょう。と。

歴代の猊下様が命をかけて、護ってこられた正法を、私も微力ながらお護りするお手伝いをさせていただく決意です。
 

六條本圀寺を破す

 投稿者:管理人  投稿日:2016年11月29日(火)13時48分9秒 i60-41-187-27.s42.a014.ap.plala.or.jp
返信・引用
  昨今、見渡すに、我ら正統・富士門流に対して疑難中傷する徒輩らに於いては、自らが所属する門流に
ついて、正々堂々、其の正義の完璧を主張する者皆無にして一人も居らず、但、我ら宗義の相伝を疑々し、
文句し、小脇に抱えた古文書をまさぐっては、裏付けがどうの、証拠がどうの、と騒ぎ立てるのである。鼻笑。
ならば一体、お前らが身を置く門流の何処が、絶対唯一のものであるのか。
其れこそ、お前らが小脇に抱える古本を以って、自身門流の絶対正義を此に宣言すべきである!

見るにお前らの所業は、己(おのれ)の邪臭に蓋をして、我ら興門正統の小荒を捜さんとする、まこと
浅ましい根性であって、其の醜態の奥には、自らが持ち得ない、宗義の統一性に対する妬みと、其の
一貫性に対する劣等感が渦巻いているのである。そして其の性根は、小荒探しによる反抗反発の憤念
となって、文献収集という熱病に憑りつかれて往くのである。鼻笑。何とも哀れな姿であるよな。

さて、其の一件を挙げて見れば、我が富士大石寺に御格護さる、本門戒壇の大御本尊をして偽作後作と
侮言する者の中に、一致派六條門流・京都本圀寺の信徒が紛れ込んでいるのである。

さて、一致派六條門流とは何か。して、其の本圀寺四代・妙竜院日静とは何者なのか。

其れこそ、毎々、重箱の小荒を突かれる我らからして、其れら六條門流の正体を、此に知らしめたい
と思うものである。

言うまでも無い。一致派六條門流とは、摩訶一日印の弟子・日静が開いた門流であり、本圀寺とは、
其の日静が京都六條に移建した寺院である。

本より、本迹一致派の言い分は、玄義に於ける『本迹異なりと雖(いえど)も不思議一なり』という釈
を基とするものであり、其れこそは、借用の取捨と勝劣の判釈を、同一の見解として混同するもので
あり、其の混義は『本迹の相違は水火・天地の違目なり。例せば爾前と法華経との違目よりも猶相違
あり。(中略) 而るを本迹を混合すれば水火を弁へざる者なり』(新編 1236 真蹟)という、日蓮大聖人の
勝劣義に違背せんとする邪義である。

仍って、一致派六條門流の徒輩らが、其れら邪義を覆し、上記、日蓮大聖人が御教示されるところの
本迹勝劣義について、其の正答を顕記できない以上は、我ら興門正統の相伝書たる本因妙抄の一節、
『今日熟脱の本迹二門を迹と為し、久遠名字の妙法を本と為す』との大義に対して、指一本も触れる
資格などは有しないのである。此の言っている意味、解かるよな。哀。

して、其の六條門流の日静は、京都本圀寺を日伝に、越後本成寺(摩訶一開基)を日陣に与えたのであるが、
本圀寺の日伝は、本迹一致の立場から、法弟日陣(勝劣派陣門流派祖)と対抗するのである。

ならば六條の邪徒よ。先ずは、我ら富士門の宗義に対して吠える前に、お主ら本圀寺に徹底反抗した
越後本成寺派の邪義こそを、日静の教義からして此に顕示すべきでないか! そういう足下の腐臭を
片づける事なく、我ら七百年来の伝法に対して疑々するなどは、其れこそ身の程知らずの莫迦者が為す
恥行である!

先ずは、其の事を肝に銘じなさい。よろしいか。

して、現在の本圀寺(圀の字は、水戸光圀公の由来による)などは、身延一致派日蓮宗の大本山と成り、
日向門流の足下にひれ伏しているが(ひれ伏していない、と言うのであれば、身延の邪義を破折せよ!)
果たして、其れが本圀寺開基・摩訶一日印の本意であるのか。先ずは其の事を証明すべきであろう。

果たして何故、摩訶一の末裔が身延日向門流の足下に甘んじておるのか。

よいか。そういう事をしっかりと明記して始めて、我ら興門正統に対してモノが言える、というもの
である。其の事を能く能く覚えておきなさい。果たして、派祖の訓戒を厳守し給う寺門であるのか、
そして、現在はどうなっておるのか。其れこそ、先代本圀寺貫首を指して『聖人』と尊称するならば、
其れら『聖人』に対する違背は、須らく宗義の破壊を意味するものではないか。よいか。お前ら六條
門流の者らは、そういう宗義の統一性に対する姿勢を持って初めて、摩訶一の本意に沿うものと領解
しなければならないのである。して、其れが何故に身延派なのであるか。哀

ったく、ふざけるものではない。

尚、現在の本圀寺などは、燕尾帽子(もうす)を被ったオレンジ袈裟の『大和尚』が、座布団を被った
紫袈裟の日蓮大菩薩坐像を先頭に、一塔両尊四士、其の他諸々の置物を陳列して拝んでいる様であるが、
果たして其れが、日蓮大聖人の御遺訓にして、摩訶一の遺誡に即しておるのか。して其れらの陳列が、
足下に伏している日向門流の本尊陳列と、どこがどう違って、どこに優劣があるのか。して、そこに優劣が
無いとなれば、何故お前らは、六條門流を未だに名乗っておるのか。そういう事をはっきりしなければ、
大石寺がどーの、戒壇の大御本尊がどーのと、其れこそ、お前らの滅裂本尊義からして何百倍も統一性の有る
我ら富士門に対して、文句のこれっぽっちも言える資格など無いのである!

尚、本圀寺の分寺、本満寺などは、今では十界曼荼羅を本尊とし、其の本満寺八世日乾などは、其れら
十界曼荼羅を本尊(根本尊崇)としない身延山久遠寺に晋山し、日蓮宗僧侶が邪宗信徒から布施を受けても良いと
する所謂「受派」の先鋒となり、本圀寺日伝已来の軟派教義を、其れこそ日向身延の軟義に組み重ねた張本人
なのである。

兎も角、お前らがやっている事は、複合教義・門派混同・本尊形式滅裂の、所謂、雑乱教学の醜態であり、
又、だからこそ、あれやこれやと、末寺修徒などが、自分勝手な教説を作り上げて、文献莫迦よろしく、
想像や妄想を捻(ひね)くり回して、得意然とするのである。哀。

よいか!

先ず以って、あの大和尚の帽子を何とかしなさい!
そして、大聖人の人形が被っている座布団を何とかしなさい! (被る文証を出しなさい!)
そして、大聖人と大菩薩。そして日朗菩薩と摩訶一聖人、そしてお前らの大和尚と聖人との違目を、
しっかと答えてみなさい! 果たして伝師の資・日尚聖人とは何ぞ! 圓師の資・日澄聖人とは何ぞ!
而して、伊藤日瑞上人とは何ぞ!! 日圓大和尚とは一体何ぞ!!

さても、本圀寺と云えば、織豊時代の永禄十二年(1569)、三好三人衆らが、将軍足利義昭を襲撃した、
所謂、殺人未遂現場の寺院でもある! しかも遡(さかのぼ)れば、本圀寺などは彼の天文法華の乱に
於いて灰燼と帰した寺院ではないか! 果たして、そういう物騒にしていい加減な寺院の檀信徒ずれが、
我が正統・富士門流の小荒探しをする、其の性根の腐り様よ!

お前らは先ずもって、其の体たらくを恥じなさい! そして、現今、日蓮正宗末寺のすべてに於いて、
御法主上人御書写御本尊による、其の統一性の大義に対し、お前らが露呈する本尊雑乱と教義混濁と
勝手教学の体たらくについて、先ずは赤面し、そして悔悟し、其れら邪宗形態から脱皮せる小蟲に先ずは
成って、それから我ら多宝富士大日蓮華山大石寺の甚深なる相伝教義に文句すべきである!

よろしいか!

日向身延の足下にひれ伏している様では、法華のほの字も語る資格などはないのである!!
 

黒川さま、憂国の武士さま。

 投稿者:H27脱会@法華講員  投稿日:2016年11月29日(火)09時34分5秒 E219108019207.ec-userreverse.dion.ne.jp
返信・引用
  ご返事頂きありがとうございました。

いよいよ、今年も残すところ、一か月に成りますね。
黒川さま、貴重な体験談の、転載ありがとうございました。

私も、昨年10月に勧戒式をお受けしてより、御大会、お虫払会、夏期講習会、
支部登山と、総本山にご登山させて、頂きました。
遅くは成りましたが、創価学会破門後、一段と整備され、その清浄な総本山を、
厳護する、陣列に加わらせて頂けて、感謝の日々です。

先日来、既に削除されましたが、縮坊と思われる、串投稿常習者が(笑)御大会を
【劇】と…。
日蓮正宗の僧俗で、御大会を劇と捉えて居る方は、一人も居ない。
正しく、【悩乱、大謗法の創価学会員】の眼は腐ってる。
ま、縮坊はフェイクの記事をあちこち、書き殴るだけ、書いても(転載しても)
自板でも誰~も、反応してくれない。
そもそもフェイク=模造品、まやかし物、虚報、偽と言う意味ですから、創価に
お似合いのプロパガンダ記事のタイトル名に相応しい。(笑)

憂国の武士さま。
日頃、憂国の武士さまの、他板での、創価破折や、ご自身の書き込み、読ませて
頂いて学ばせて頂いております。
わざわざ、ご返事頂き、ありがとうございます。
先日は、私、所属、菩提寺様で、法華講の壮年部大会に参加出来ました。
日々、まだまだですが、何よりも、正しい、≪日蓮正宗の信徒≫に、加えて頂けた
喜びで、今日より又、励んで参ります。

ありがとうございました。
 

お知らせ

 投稿者:管理人  投稿日:2016年11月28日(月)17時18分22秒 i60-41-187-27.s42.a014.ap.plala.or.jp
返信・引用
  投稿者及び閲覧者各位

此の度は、急な出張と相成り、事前のお知らせの無い儘に、長期間に亘って不在となった由。
各位には心よりお詫び申し上げます。以後、此の様な事が無きよう、気を付けて参ります。


さて観れば、相も変わらず、何処(どこ)ぞの馬の骨が、下らん文句を吐き散らかして居る。

小笑。

其れにしても、

『「日蓮-日興-日目-日道-日行-日時」という、現在に至る大石寺の歴代系譜は、後世に作られたもの』

とは、よくも言う。糞笑。

加えて、

『日興上人の後嗣は日代上人、日目上人の後嗣は日郷上人である』

というのも面白い。糞笑。

だから言っているだろう。

己(おのれ)の門派も言えん様な、そんないい加減な者が、何を言っているのか、と。

鼻笑。

とまれ、当方と対したければ、須らく当室の規則に従って投稿しなさい。

よいか。これは、仏法の何百倍も簡単な、世間一般の常識である。

呆哀。(オマエは、其れさえも守れない。だから、馬鹿だと言っておる)


尚、法華講同志の皆様には、色々と御投稿を戴き、有難うございます。

今後とも、邪宗日蓮宗を首(はじめ)として、新興宗教の権化である創価学会を大いに呵責し、
以って我ら富士門の正義を、此に顕揚して参りましょう。

同志各位には、これからも宜しくお願い致します。

では、早速、ゴミ掃除(所属不明者・串投稿・捨てハンの削除)と参りましょう。
 

創価員による創大教授・宮田幸一の「日蓮非本仏論を破す」

 投稿者:黒川 和雄@日蓮正宗  投稿日:2016年11月26日(土)02時18分41秒 p1137-ipbfp2603osakakita.osaka.ocn.ne.jp
返信・引用
  串刺し専門の宿坊よ、参考にしなさい。www

ttps://youtu.be/NYNJzfUff8I

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最後の2:00ぐらいから見ると、なかなかいいことを言っていますね。

①「学術論文」なるものは「その時代の考えであり普遍性は無い」
②大聖人の仏法を「神秘性のある仏法」というのであれば、天台の一念三千を否定することに通じる。
「草木成仏」をいかに説明するのか? 草や木に仏性が存在するというのも神秘である。宮田教授はこの神秘を否定するということである。

これは唯受一人の血脈にも通じることである。即ち宮田教授は「仏法そのものを否定している」のである。

③仏法とは学術的研究では説明が出来ない。「以信得入」ということを宮田教授は理解しておらん。

いやいや、こういう創価員がいよいよ出てきましたな!
 

【私のブログに寄せられた喜びの声】若い女性です。(#^.^#)

 投稿者:黒川 和雄@日蓮正宗  投稿日:2016年11月25日(金)04時14分20秒 p1137-ipbfp2603osakakita.osaka.ocn.ne.jp
返信・引用 編集済
  こんばんは
初めまして
私は2014年に自宅に
来られた妙観講の幹部の方の折伏で創価学会の
誤りを話していただき
創価学会を兄と二人で
脱会しました
折伏していただいた
妙観講の幹部の方が
今、私と兄の直属の
班長です
妙観講に所属してからは
支区座談会、本部講習会
幹部研修会、31年間
行けなかった御登山と
仏道修行にも参加させていただき沢山の功徳を
大御本尊様より頂戴しました?去年は御大会の
御登山にも参加させていただき塔中にて御法主上人猊下様のお練りを
拝見させていただきました。今年も御大会の御登山に参加させていただき
初めて私が所属しています、塔中理境坊の御会式に、参加させていただきました、妙観講指導教師の小川只道御住職の
御申状棒読、御説法を
拝聴させていただき
感謝、感激の2日間でした
勿論、妙観講総会にも
去年、今年も参加させていただきました
これからは、学会で
生命に刻みつけた罪障消滅するため朝夕の勤行
唱題、学会員の折伏に
精一杯、頑張っていきます、長文失礼しました
勝手ながら、フォロー
させていただきました
よろしくお願いします
 

H27脱会@法華講員 さん

 投稿者:憂国の武士  投稿日:2016年11月24日(木)20時49分3秒 ag220-213-220-206.ccnw.ne.jp
返信・引用
  セイタカアワダちソウの譬えよくわかります。

私はゴルフ場で長年グリーンキーパーをしておりまして、この手の雑草(イネ科に対して広葉)には手を焼いておりました。

仰せの通り減ってきましたよね、また機会がございましたら説明させていただきます。


ま、創価学会は雑草にもなれなく、水盤の水に騙された根無し花。
実をつける事もできません。




 

外来種セイタカアワダチソウ~外道創価

 投稿者:H27脱会@法華講員  投稿日:2016年11月24日(木)10時38分10秒 E219108019207.ec-userreverse.dion.ne.jp
返信・引用
  こんにちわ。
今朝は、夜明け間際から、首都圏も初雪。
11月初雪は54年ぶりとか。箱根は既に積雪。皆様、足元悪いですからお気を付けて
下さい。

通りすがりの法華講員さま、総本山、御大会、参詣成されたとの事。
今年は、ちょうど、20~21日は寒気も緩んでいましたが、如何でしたか?
天候も荒れて無く、諸天も寿ぐ御法要に、成ったかと。

私は、昨年、初めて御大会参詣させて頂いて、日蓮正宗の信仰の素晴らしさ、正統義を、
実感し、また加えて、ご僧侶が、御出家成されるとは、斯くも、深い、篤い、強い決意
が有って成されるんだと、感動いたしました。
爾来、日々の勤行中、欠かすことなく、御当代御法主上人猊下さま、御陰尊猊下さま、
所属寺院の、御尊能化さま、始め、日蓮正宗の御尊師、ご僧侶の、ご健康と、
御長寿、日々のご法務の執行の安からん事を、自然にご祈念させて頂ける様に
成れました。
御陰尊猊下様、御出仕成されたとの事。本当にありがたい事と思います。
創価学会を脱会は遅れましたが、御陰尊猊下様、お元気な内に、日蓮正宗に、戻れた、
身の福運を、御報恩感謝申し上げております。

私は、、残念ながら、月曜日が掛かると、参詣が、出来ません。
来年の御大会も、カレンダーを手繰ると、月曜日が掛かってしまいます。
毎週、月曜日が、勤務先、経営会議で早朝経営幹部会議なのです。
ですが、日寛上人さま、御消息、『かならずかならず身のまずしきをなげくばからず
唯信心のまずしき事をなげくべけれ』…あきらめて、出れないと決めつけず来年こそはと、
強く願って参ります。

さて、先日、出張中、車を運転していますと、ススキが繁茂しておりました。
それに交じり、ずいぶん、見かけなく成った、セイタカアワダチソウが…。
どうも、あの、くすんだ、黄色の、また、排気ガスに汚れる所に生えるセイタカアワダチ
ソウが、私は、好きでは有りません。

一時期は、日本中に、ひどく繁茂して、すすきや、日本古来の趣の有る草花が、駆逐されて
しまうと、マスコミも取り上げて、セイタカアワダチソウを駆除すべく、刈り込んだり、
抜いたり、地域ごとに、取り組んだりしましたが、なかなか、駆除しきれず、その強勢な
繁茂力に、外来種への嫌悪感と危惧に、問題視されたものでした。

しかしながら、近年、随分と、見かけなく成り、すすきの有名な繁茂地、景勝地、例えば
箱根、仙石原でも少なく成りました。
我が家の近辺でも、少なくは成りましたが空き地には、すすきが優勢です。
これは、調べてみましたら、どうやら、外来種(外道)セイタカアワダチソウ(現池田創価)は
【アレロパシー効果】と言って、根(根底)から、周囲の植物の成長を抑制(正しい日蓮正宗
のご法義の広布の妨げ)する化学物質を出す(創価学会の己義、邪法、邪義)。
ですが、ある一定の、限界値を超えると(現在の創価学会の崩壊の姿)セイタカアワダチソウ
自身が、その、化学物質(日蓮正宗に対して、企てた、ありとあらゆるねつ造と、誹謗)が、
我が身に還り、やがて、自分自身が、毒されて駆逐されていく。

正しく(まさしく)、創価崩壊、崩会、そのものと、思いました。
今日より又、正しい、日蓮正宗の信徒として、励んで参りたいと強く思います。



 

H27年脱会@法華講員

 投稿者:黒川 和雄@日蓮正宗  投稿日:2016年11月22日(火)10時23分54秒 p1137-ipbfp2603osakakita.osaka.ocn.ne.jp
返信・引用
  御返事、ありがとうございます。

早速シェアーさせて頂きます!!
 

黒川さま。

 投稿者:H27年脱会@法華講員  投稿日:2016年11月22日(火)09時28分35秒 sp49-104-51-126.msf.spmode.ne.jp
返信・引用
  おはようございます。
黒川さま、ご返事頂きまして、ありがとうございました。只今、昨日午後から、出張中で宿泊先、ホテルのWifiからは、投稿出来ず、自分のパソコン持参し、閲覧は出来ましたが、投稿は出来ず、ご返事、遅くなってしまって、申し訳有りません。
携帯電話から、取り急ぎ、ご返事に成ります。

法華講のご先輩方からご返事頂くのは、有り難いです。
はい、是非、貴重な体験談を、読ませて頂きたいと思います。
宜しくお願い致します。
 

御大会へ参詣いたしました

 投稿者:通りすがりの法華講員  投稿日:2016年11月22日(火)00時16分29秒 p3073-ipngn6701marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp
返信・引用
  昨日より御大会へ参詣させていただきました。
御開扉では、御陰尊猊下様の御元気な姿を拝すことができ感激いたしました。

毎年御大会に参詣させていただき感じることは、創価学会から正宗に戻していただけたことの感謝、そして一年信心をさせていただいた感謝です。
創価学会の現証である五蓋・三悪道に苦しみ続けた過去を振り返り、懺悔する日でもあります。

来年も元気に御大会へ参詣できるように折伏に育成に精進しなければいけませんね。


 

H27脱会@法華講員殿

 投稿者:黒川 和雄@日蓮正宗  投稿日:2016年11月21日(月)17時45分49秒 p1137-ipbfp2603osakakita.osaka.ocn.ne.jp
返信・引用
  追伸

フェイスブックで体験談を転載してもよろしいでしょうか?

法華講員だけの「日蓮正宗立正安国論750年サークル(非公開)」です。
宜しくお願い申し上げます。
 

H27脱会@法華講員殿

 投稿者:黒川和雄@日蓮正宗  投稿日:2016年11月21日(月)17時27分27秒 p1137-ipbfp2603osakakita.osaka.ocn.ne.jp
返信・引用
  素晴らしい体験談ですね。(*^^*)
頑張りましょう。
 

おかしな、不気味な【創価学会仏】なんて気持ち悪いの拝んでるから頭がイカれる…哀れ…

 投稿者:H27脱会@法華講員  投稿日:2016年11月21日(月)11時21分13秒 E219108019207.ec-userreverse.dion.ne.jp
返信・引用
  こんにちは。
洗脳されて、何を【拝んで】いたのかすら忘れた創価学会員、或いは【逃げ】の予防戦のため
所属宗派・教団も明かせず、ただ、低レベルの、我論、邪論を書きなぐり、暗い愉悦に一人、
浸るだけの、アホの書き込みが整理されました。
誰も、私たちは正法保ち、こちら掲示板の、管理人様の掲示板の主旨を理解してるから、相手
にもされず…(笑)

まあ、【悩乱創価員】哀れさを露呈するだけ。

さて、先日、金曜日には、私、所属の東京第一布教区の、広布推進会が、都下、寺院さまで開催
されました。
仕事を、早めに切り上げ、早く着いて、唱題会から参加出来ました。
法華講に加えていただき、創価学会を脱会してから、1年も過ぎましたが、常々、強く感じるのは
、唱題の、声音、トーンからして、また、御本尊様に向かう姿勢、合掌の位置、が、創価学会とは
、丸で違う、と言う事です。

生まれてよりの創価学会員でしたが、子供の頃は、ともかく、池田創価のせいで、成人した後、
昭和60年頃から、ご宗門、寺院から離れてしまい、破門後は、寺院参詣したい、総本山、富士
大石寺、本門戒壇の大ご本尊さま、恋慕の想いを残したまま、お目通り叶わぬ、創価学会残留者
でしたから、正しい、勤行も、ご唱題も、所属する寺院も、指導教師たる、ご住職さまに教わる
事も、正しい信心を教えて頂ける、法華講の先輩も居るわけでも無いですから、分かろう筈は、
有りません。

まこと、創価学会は、【現代の一凶】です。

毎年の様に、この数年、僅か3年間を取り上げただけでも、幾度の、毎年恒例に成りつつ有る、
教義改変、会則変更、勤行様式、祈念文だか懸念文だかの、おかしな呪文文制定。

正(まさ)しく、正当義を失い、狂った姿、現池田創価の、自信の無い事の、現れ。
池田死後の、創価信濃町執行部の、焦りが見える。
創価学会から、創価崩会へ、まっしぐらに突き進む。

それとは、対照的に、僧俗和合、一致しての、日蓮正宗、法華講の会合は、感動が有ります。
今回、開催された寺院さま、所属の法華講のメンバーの音楽隊に依り、式次、後半、演奏が
有りました。法華講の歌と、プリンセスプリンセスのダイヤモンド。
法華講の歌は、ご尊師、ご僧侶も一緒に、歌われ、ダイヤモンドは、手拍子を共々に…
決して、規模は、創価に及ばずとも、私は、目じりに涙が溢れました。
終了後、ご僧侶、ご退席後、大勢の参加者も、順次誘導され、御本堂を退席しようとしてる、
その時、指揮を執っていた壮年が、青年男子部が、仕事で遅れてたが、駆け付けたと…
この日に合わせて、練習を積んでたので、今一度、演奏させて下さいと…。
皆、着座しなおし、再演奏。定例時間は過ぎてはいましたが、先ほど依りも大きな歌声と、
手拍子が。またまた、感動して、目尻に涙が溢れました。

ふと、前を見ると、ご僧侶も戻られ、なんと、総監さま、先頭においでで、手拍子をされて
います。演奏後、音楽隊に、御法衣を翻して歩み寄られ、励ましのお言葉を掛けておいででした。
感動おさまらず、帰途に付いたのでした。

創価学会員の、いまだ、おかしいと思え、思いつつ残留されてる方々。
創価学会のプロパガンダ、悪意の、ねつ造、ご宗門への批判、デマに惑わされていないで
、ご自身の眼で、確かめて見てください。

麗しい僧俗の姿が、厳然と有りますよ。





 

創価学会の餓鬼

 投稿者:憂国の武士  投稿日:2016年11月21日(月)07時14分17秒 ag220-213-220-206.ccnw.ne.jp
返信・引用
  空き巣狙いと同じ手口で他人の家に上がり込み挙句の果てに落書きまでする無節操な育て方をした
親の顔が見たいわ。

消え失せろ蚤の心臓の餓鬼

 

⇒『御本尊七箇相承』は、保田妙本寺の相伝書です。』笑 笑 アホッタレ

 投稿者:黒川 和雄@日蓮正宗  投稿日:2016年11月11日(金)12時24分7秒 p1137-ipbfp2603osakakita.osaka.ocn.ne.jp
返信・引用
  学会員側の主張


ご本尊七箇相承について下記の邪難を学会員が述べていますが、どうなのでしょうか?→大石寺にあるという御本尊七箇相承と、日亨上人が保田妙本寺から写してきたものの内容は、一緒ですか?違いますか?一緒であるならば、なぜ大石寺のものを使わないのですか?違う場合は、内容のどこが同じで、どこが違うのですか? 上記の質問に、明確に答えられなければ、唯授一人の文証にはできません。真偽不明としか言いようがありません。


【私の返信】◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

拝復、

御本尊七箇相承を『真偽未決』とする根拠が不明であります。もともとこの書は大聖人の著述ではなく、御本尊に関する法門を後世の重鎮が御指南されたものをメモランダムに筆記されたものであります。その理由は、

①文中には「師の曰わく」とあります。大聖人御ご自身が自分を「師」というわけがないから、日興上人なり日目上人なりの高僧が日蓮大聖人の御指南を示したものであることは、容易に理解できます。

②御本尊七箇相承の一番目は、「十界互具の事義如何、示して云はく釈迦多宝は仏界なり」とあり、御本尊の法門を講義されるのに御本尊を示して、ということは、御本尊を教材としているわけだから並の修行僧ではなく、能化級の方が講義されたものであることは推察しうる。 信行の厳格な日興上人が御本尊を教材にする方とは考えられないので、この、御本尊を教材となさった〝師〟とは、ずばり日蓮大聖人であることは明確でしょう。

日蓮大聖人に御本尊の法門に関することをお伺いするとは、六老門下随一の御本尊遵奉の宗派であり、日興上人であることは歴然としたものであります。他の五老門下に御本尊を無上の法体とする義が見あたらないからです。

さらに、宗内最古の史書である『御伝土代』に、「その時大聖人御感有つて日興上人と御本尊にあそばす(聖典・596頁)」とありますから、日興上人は記録上では最初に大聖人より御本尊の法門を相伝された方であることは歴然であります。

いじょう、これらの事から、御本尊七箇相承は大聖人から御本尊の相伝を承けられた日興上人が、後世の学林である重須談所に於て重鎮の弟子(本六老僧・新六老僧)等に、内々に示された法門と見るべきであります。

③では、筆記者は誰かというと、重須談所で日興上人の学頭を勤めた『三位日順師』と推認される。 日順師は相伝書の本因妙抄を講義されました、それが『本因妙口決』であります。

この末尾に、「次に日文字の口伝・産湯の口決・本尊七ヶの口伝・教化弘経七箇の伝は別紙の如し(富要集二巻八四頁)」とあります。 このうち、日文字口伝と産湯の口決は伝承の過程でまとめられ一書となって伝わっております。

この中に『本尊七ヶの口伝』と明確に示されているので、御本尊七箇相承の筆記者は三位日順師であることは確実です。 かりに、御本尊七箇相承が日目上人か日代師あたりの筆記であれば「別紙の如し」とは云いません、なぜなら本因妙口決とセット(付随)の書籍であるから「別紙の如し」と云われているのであります。

④御本尊七箇相承の写本は大石寺と保田の妙本寺に相伝されています。が、大石寺に相伝された御本尊七箇相承は門外不出であり未だに公開されていません。

これは大石寺門流は御本尊は研究の対象ではなく信仰の対象であるからであり、御本尊は即ち〝御本仏の当体〟だからであります。 日亨上人は御本尊七箇相承を、富士宗学要集に所収するにあたり保田の妙本寺に相伝されたものを使用しています。

これは大石寺のものは唯受一人を建前とする法門であるが故に公開することははばかられたからでしょう。 しかし、富士宗学要集に所蔵された相伝書には、後世の付加とおもわれるものは『二線』を引き、意義において差し支えないものには一線を引くことにより原文を抽出されているから、そのさいには大石寺相伝の写本を参照されたことは疑いのないものと思われます。

さらに云えば、大石寺には未だに公開されていない史資料がかなりあるようで、宗内の教師(御尊師)でも教学部関係者しか閲覧出来ないようで、日寛上人や日因上人等のものが宗内の各種雑誌に一部が御僧侶の個人的な研究成果として公開されている程度であります。

以上、御本尊七箇相承に関する、このような相伝書は在家がかってに論説すべきものではなく、あくまでも個人的な研究の範囲であります。


 

今日の聖教珍聞 4面

 投稿者:黒川 和雄@日蓮正宗  投稿日:2016年11月11日(金)00時05分51秒 p1137-ipbfp2603osakakita.osaka.ocn.ne.jp
返信・引用
  今日も胡散臭げな座談会
自身を仏と言っています。笑 笑 呆 呆

この部分はでっち上げであり、完全に嘘ですね。笑 戸田会長はそのようなことは言っておらん!

竹岡 「末法の娑婆世界において大法を弘通しているのは創価学会しかない。ゆえに戸田先生は、未来の経典に『創価学会仏』と記されるであろうと断言されたのである」

【昔のことは誰も知らない】と思っているのであろう。
ようするに学会員は執行部に馬鹿にされているということである。

目覚めよ!

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〈座談会 師弟勝利の旗高く 60〉 11・15「地域部の日」 誠実な振る舞いが信頼広げる 2016年11月10日

使命の天地で仏縁を拡大

〈出席者〉
原田会長
長谷川理事長
永石婦人部長
林地域部長
山﨑地域部女性部長
竹岡青年部長
?
愛する地域の発展のため、縁する友の幸福のため、真剣に祈り、勇敢に動き、真心込めて語らいを――友好と信頼を広げる首都圏地域部の友(10月、東京戸田記念講堂で)

 原田 学会創立記念日を祝賀する本部幹部会・SGI総会を、日本全国、全世界から集った同志と共に、晴れやかに開催することができました。

 竹岡 60カ国・地域270人の友とスクラムを組み、歌った学会歌「誓いの青年よ」は、本当に感動的でした。世界広布のさらなる拡大を実感しました。

 永石 アルゼンチンSGIのオスカル・フェルナンデス理事長の活動体験も素晴らしい内容でしたね。全国中継行事は、10日から13日(中継の会館と時間は各県・区で決定)に行われます。皆で楽しみにして集い合いましょう。

 長谷川 また、先日発表された通り、今回、「創価学会会則」の改正が総務会で議決されました。

 原田 世界広宣流布を実現しゆく「仏意仏勅」の正統な教団は創価学会しかないことから、会則の前文に、未来の経典に「創価学会仏」と記されるとの第2代会長・戸田城聖先生のご指導が加えられました。

 竹岡 具体的な文言としては、「創価学会は、大聖人の御遺命である世界広宣流布を唯一実現しゆく仏意仏勅の正統な教団である」とした上で、以下のように追加されました。
 「日蓮大聖人の曠大なる慈悲を体し、末法の娑婆世界において大法を弘通しているのは創価学会しかない。ゆえに戸田先生は、未来の経典に『創価学会仏』と記されるであろうと断言されたのである」

 原田 創価学会それ自体が「仏の存在」であることが示され、学会という和合僧団の出現の意義、宗教的独自性が、さらに明確になりました。

 長谷川 また昨年、「三代会長」を「広宣流布の永遠の師匠」と仰ぐと定めたことに伴い、今回、会則にも「三代会長」の敬称を「先生」とすることが明記されました。

 原田 私たちは「創価学会仏」の一員であることを最高の誇りとし、創価三代の会長、なかんずく池田先生直結で、世界広布の誓願を新たに、大躍進を果たしてまいりましょう。

安穏と繁栄を祈念

 永石 さて、15日には「地域部の日」を迎えますね。「広宣流布は地域部が原点。その皆さま方には偉大なる使命と福運がある」――池田先生が地域部に贈られた永遠の指針です。

 林 先生の万感の思いを胸に、地域部の一人一人は、使命の天地で活躍されています。

 原田 先生は、「わが家も、誇り高き地域部の一員です」と語られています。信濃町に転居されてから今年で50年。先生は、まさしく地域部の心で、地域の繁栄を祈り、友好と信頼の絆を広げてこられました。

 山﨑 地域部にとって、大きな誇りであり、最も模範とすべきお姿です。
 長谷川 先生は、「近隣友好の3つの心がけ」を教えてくださっていますね。①地域の安穏と繁栄を祈ろう!②礼儀正しく 良識豊かに!③励まし合い 助け合う連帯を! です。
 林 地域部の皆さんは、この3項目を胸に、全国各地で、町会・自治会、商店会、老人会、PTAなどで要職を担い、奮闘されています。また、民生委員、保護司、消防団、各種ボランティアとして活躍される方も多くいらっしゃいます。私自身も町会の会長を務めさせていただいて6年になります。

 山﨑 私も町会役員をさせていただく中で、地域部の先輩方のご苦労の一端を実感する日々です。年々、地域での女性の活躍も顕著になってきています。女性の町会長やPTA会長、町会婦人部長など、多数誕生しています。

 永石 池田先生・奥さまも、皆さんの活躍をいつも祈り、たたえてくださっていますね。

 林 それぞれの地域で、当初は学会への偏見や誤解があったのも事実です。しかし、5年、10年、15年と、地道に地域貢献に徹し抜き、重要な役務を任されるようになったというエピソードも、各地で数多く伺っています。

 原田 先日の首都圏地域部大会での3人の活動体験も感動的でした。「其の国の仏法は貴辺にまかせたてまつり候ぞ」(御書1467ページ)との御聖訓のまま、誠実に忍耐強く、仏縁を結ぶ姿に心から感服しました。

「足元」に根を張る

 林 学会員がお祭りに参加するようになり、地域との垣根が低くなっていると実感します。お祭りの役員の中心的な立場で活躍する方も増えています。

 竹岡 お祭りは今や、地域の文化行事であり、交流の場ともいえます。その意味で、皆さん、地域発展のため、町の振興のために活躍されていますね。

 山﨑 ある町会長は、「学会の皆さんがお祭りに携わってくれて、本当によく尽くしてくださる」と語られていました。

 長谷川 全国各地で、地域部の皆さんが、誠実な振る舞いを通し、学会理解と信頼を広げられています。地域の最前線での、地道で着実な積み重ねこそが、広布前進への大きな貢献となっていると確信します。

 原田 池田先生は語られています。
 「わが創価学会の強さは、いずこにあるか。それは、一番身近な足元の地域にがっちりと根を張っていることであります。だからこそ、いかなる大難にも、微動だにしない。だからこそ、世界中に人材の森を育てることができたのです。そして、その模範と仰ぎ見る大樹こそ、誉れも高き地域部の皆さん方なのです」

 一人一人が、使命の天地でいやまして強く、明るく、賢く、依怙依託と光り、仏縁を結び、信頼を広げていきましょう。
 

【実録 創価池田教】

 投稿者:黒川 和雄@日蓮正宗  投稿日:2016年11月10日(木)17時42分36秒 p1137-ipbfp2603osakakita.osaka.ocn.ne.jp
返信・引用
  【実録 創価池田教】

創価員がよく言う「イケダ・センセー、マンセ~!」の類ですね。
非常に危険な「個人崇拝」の典型が創価池田教です。
「ハイル・ヒトラー!」「毛沢東 万歳!」と同じく非常に危険なカルト教団と言っても過言ではない。
哀れであり、仏教本来の姿ではあるまい。
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信心をして30年になりますが、初めて夢で先生にお会いしました。先生はセーター姿でくつろいだご様子で「皆さん、なんでも話しましょう」と、衛星放送の、あのままの姿でした。なぜか地区の人々が、記念撮影のように先生の周りに集まって(^^)。夢でもとても嬉しかったです。今日は、仕事バリバリ頑張れそうです(^^)/
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反論すら幼稚になってきた頭破創価学会坊や

 投稿者:通りすがりの法華講員  投稿日:2016年11月 9日(水)04時57分37秒 p1892093-ipngn16501marunouchi.tokyo.ocn.ne.jp
返信・引用 編集済
  *『御本尊七箇相承』は、保田妙本寺の相伝書です。
保田妙本寺の歴代法主の内証に、日蓮聖人の生命が宿る、という意味になる。だから、大石寺歴代法主は無関係。
○なりません。
保田妙本寺は日郷上人が開いた寺。
しかも、保田妙本寺の歴史が正しければ、日興上人没後に日郷上人が開いた寺だぞ。
どうやって、日興上人の相伝が保田妙本寺に伝わるの?
日郷上人が相伝を移したと言うなら、それは大石寺の相伝を日郷上人が移したと言えることになるぞ。
また、日郷上人は日蓮大聖人様滅後に産まれたのだよ。大聖人様の相伝(血脈)が日興上人を飛ばして日郷上人にあるわけないだろ。
更に、日郷上人は日目上人から御本尊を授与されているぞ。相伝が日興→日郷なら日目上人から日郷上人が本尊を授与される道理はいずこ?

・まだ産まれてもいない日郷上人がどうやって日蓮大聖人様の血脈相承を受けれるのか
・日興上人没後に建立された寺に日興上人の相伝がある理由(日郷上人が移した以外の理由)
・君の主張が正しければ、相伝を受けた日郷上人が日目上人から本尊を授与される道理
を証明してから能書きを垂れなさい。
君の難癖は幼稚過ぎるのだよ。

もうやめた方がいいよ。坊や

追記
上記反論ができなければ、ニ度と讃文と保田妙本寺に関する難癖はやめなさい。
また、創価学会本部は「創価学会仏」を表明したので、御義口伝の否定もやめるように。
 

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