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悪法も法なり

 投稿者:管理人  投稿日:2019年 7月16日(火)18時17分57秒 i223-217-95-95.s42.a014.ap.plala.or.jp
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  さて、連日ジメジメした梅雨の中、阿呆の落書きばかりを呵責していては、当方の脳ミソとて飽きが来る。
無論、ここで言う『飽き』とは、邪義外道宗への呵責を飽きたものではない。そういう外道宗の小義ばかりを
呵責していては、当方の脳ミソが、せめて法相宗の破折くらいに、其のレベルを上げてくれまいか、という
脳ミソからの欲求に対して答えたものである。よろしいか。飽きたとは、破折叱責を放棄したものではない。
あくまでも、脳ミソのリフレッシュを目的として、其の視点を一時変える、という事である。
鼻笑。ったく、オマエらは紙上に書かれている文章の上っ面(うわっつら)しか読めぬ文献莫迦であるから、
当方は、こーやって一々説明しているのである。まこと、世話の焼ける阿呆どもであるよな。

さて、此の度は視点を世事に向けてみよう。
尚、ここで言う世事への物言いは、全く当方個人の物言いであり、決して富山の物言いではない。
まぁ、オマエたちが好む見方は、管長や会長への誹謗中傷は、其の長が束ねる組織への誹謗中傷とはならない、
という彼の珍決に在るのであるから、当方が世事について述べる事も、其(そ)は日蓮正宗とは別の見解である、
という事が、オマエらからして速了出来ようて。鼻笑。

されば過日、小6女児に対する殺人事件について、最高裁は検察側の上告を棄却し、一審の地裁判決(死刑)から一転、
高裁の判決(無期懲役)が確定される事となった。

しかも、其の判決理由が「生命軽視の姿勢は明らかだが、甚だしく顕著とまではいえない」などと言っておる。

呆怒。

果たして、此奴らの脳天も(創価と同じく)狂っておるのか。

あどけない女児を言葉巧みに誘い出し、首をナイロンテープで絞め上げ、包丁で刺殺し、遺体を切断して遺棄する事が、
何故に生命軽視の姿勢が甚だしく顕著ではない、という事になるのか。

ならば言う。生命軽視の姿勢が甚だしく顕著となる殺人行為とは一体何か。

虚言を以って誘拐し、自宅に連れ込み首を絞め、包丁を突き刺して殺し、其の遺体を切断して野外に遺棄する。
これらの殺人行為をして「生命軽視の姿勢が甚だしく顕著ではない」となるならば、其れ以上の殺人行為とは
一体何であるのか! お主ら最高裁の者共は、其の事について述べてみよ!

呆。さても悪法とは此の事か。

本より、悪法とは、其れ自体を指すものであるが、其の法をして、阿呆な解釈を以って遵守面する法曹人らも
悪法の一類に属するものである。

あどけない少女を誘拐して首を絞め、包丁で突き刺して殺し、其の遺体を切断して遺棄するなど、そんな者は
極刑でよろしい。否、当方から言わせれば打首獄門が適当である。何ぃ? 残酷だぁ? ふざけるでない。
少女の体を包丁で突き刺して殺し、その遺体を切断して野っ原に捨てる事の方が余程残酷ではないか!
一方は己(おの)が欲の為に少女を惨殺し、一方は国家国法によって其の惨殺者を梟首に処す。
さればどちらが、其の理義を得るのか。無論、後者であろうが。本より、所対によって罪の軽重が在るのであるから、
惨殺者を刑罰によって斬首するは、勧善懲悪の理からして当然の事となるのである。尚、罪人に対する獄門刑は、
今から140年前の明治政府に於いて行われていたものである。

日蓮大聖人に曰く『悪人を殺すは罪浅し、善人を殺すは罪不深し』と。

よろしいか。法華守護の僧俗を殺す罪と、暴力団やチンピラを殺す罪とでは、全く同じ殺人とは成らず。
而して、其れを同等と視るが世法なのであり、其(そ)は仏法からして下の下の小法となるのである。

とまれ、日本は甘い。刑罰が甘すぎる。

されば一層、勧善懲悪の法を強化すべきであろう。
云うに刑法とは、罪人の更生に非ず、其の懲罰を以って再犯を抑するに在る。否、そうでなくてはならない。
再犯の防止とは、もう二度とやらない、やりたくない、と思わせる程の、厳罰の実行である。

ったく、現行犯で逮捕された者が、俺は何もしていない、などとと言い、俺は何も言いたくない、などと、
口を噤んで黙り込む。呆怒。そんな者は、曾(かつ)ての憲兵などを呼んで懲らしめた方がよろしい。

覚醒剤の犯罪者を保釈し、
殴る蹴るの暴行者を不起訴にし、
理不尽なる親殺し子殺しの者共を、十数年で釈放し、
少女を刺殺し切断と遺棄した罪人を生命軽視に非ずと助命する。

よろしいか。そーゆー罪人に対して弱腰であるから、支那や朝鮮に舐められるのである。
国内法は外交にも影響する、という事を、宦官連中は勉強すべきであろう。

爾して、朝鮮と言えば、其の半島の有史以来、唐、宋、契丹、金、蒙古、明、清、という支那多民族王朝の属国となり、
時には其の衣装を纏い、時には其の年号を用いて、其の域(半島)に於ける国政(冊封)を維持してきたのである。
無論、其の心底こそは忍従であり屈辱でもあった。又、其れこそが朝鮮国家の劣等感であり、其れが故の反骨なのである。
そして今、其の劣等と反骨は、すべて我が国に向けられているのである。爾して朝鮮を属国としたは、我が国のみが如く
彼奴(きゃつ)らは喧伝して、其の体裁を繕(つくろ)っているのである。

して其の朝鮮が、今や大騒ぎして、相も変わらず、我が国の国旗や自衛艦旗(旭日旗)などを踏み潰して、其の劣等の怒りを
爆発させておるが、何で此の民族は、頻繁に国旗を燃やしたり、囲んだりして大騒ぎするのであろうか。
さもありなん。『民度』とはまさしく、そーゆー所に表れるのである。

然れば今回の輸出規制。困り果てた朝鮮は、又しても彼のハーグ密使が如くに立ち回り、米国の袖にすがり、又は
露助の力を借用せんとして、我が国の外交を貶(おとし)めんとしているのである。呆哀。

いい加減にせんか、朝鮮よ。

果たして現在、朝鮮民族の我が国に対する好感度は12%だという。

本より、12%という数値は敵対国の数値であり、もはや、我が国と南朝鮮(韓国)とは、友好国でも何でもない。
唯、そこに在るのは「隣国」という概念だけである。

しかし、当方は予告する。

今回の輸出規制。

必ず我が国が折れよう。

理由は簡単である。

下手は長く続かない。

劣等感による反骨外交と、惰性に満ちた緩慢外交とでは、其の勝負は見えている。

其の様な事、世界各地に建てられている慰安婦像を見れば判るであろう。

執念が違うのだよ、執念が。

とまれ、ワガママで嘘ツキな朝鮮などは、もう少し懲らしめた方がよろしい。
どの道、彼の民族は、我が国を恨んでいるのであるから、(又、其の様に教育されているのであるから)
それなら結構と、蹴飛ばしてやればいいのである。

しかし、我が国は外交下手であるから、いずれ朝鮮に先を越され、遂には折れて往くのである。

朝鮮の大統領が云く『(このまま制裁を続けるならば)日本経済にもっと大きな被害が及ぶだろうと警告する』と。

小鼻笑。

ビビッておらんか自民よ。創価の顔を窺っておらんか公明よ。鼻笑。

ったく、経済にもっとも大きな被害が及ぶだろうとは、オマエら朝鮮の事である!

何をトチ狂っておるのか。

加えて此奴はこうも言う。

『両国関係発展の歴史に逆行する』『韓日経済協力の枠組みを破壊するものだ』と。

呆怒。おいおい、其れこそはオマエらの事だろうが!

果たして、此の大統領、一体何を教わって来たのか。

お主こそは、1904年以降の日韓協約について、も少し勉強しなさい!!

とまれ、南北朝鮮は、中共支那と露助とグルなのであり、其の連結は、朝鮮の冊封根性が生(な)せる
対日の鎧であり、我が国こそは、そういう卑しい根性をしっかりと読み切って行かねばならないのである。
さすれば外交に於いて先手を打てよう。

まぁ、しかし、そーゆー初歩も理解できぬ国内宦官の連中であるから、いずれは朝・支・露の三烏連合に
腰が引け、和を以て貴しと為す、を手前味噌に狭用して、土下座外交に逆戻りするのである。

よろしいか。和を以て貴しと為す、とは互国間に当て嵌めるものであって、日本のみが遵守するものではない。
オマエらは、其れが解らんから、土下座外交を行うのである。

そういえば、露助が今になって二島の小島(歯舞・色丹)も返さねーよ。と言って来た。呆哀。
強(したた)かな露助。本より、其の性格は我が国との中立条約を破って、北海道を占領しようとした窃盗根性の
持ち主であるから、当然と言えば当然の台詞であろう。

ったく、そんな根性も読めずに、あれもどーぞ、これもどーぞと御馳走する、我が国の甘さよ。呆哀。
ったく、そんなもん、彼のクリミアを見れば、即座に判る事ではないか!

甘い! 我が国の外交は甘い! 爾して刑法も甘い!
甘々の宦官国、日本。
此れも皆、矮小な邪義邪法が拡散しているが故である!
以って世法も勧善懲悪とは相成らず!
今こそは、厳たる姿勢を以って、害国害人を懲罰し、我が国の厳正を内外に示すべきであろう!

現創価にして「永遠の師匠」と仰ぐ、創価学会初代会長・牧口センセーが申さく、

『若し日本をして、英国や独逸(ドイツ)或は、丁抹(デンマーク)和蘭(オランダ)等の如く、
近隣に直接に強圧力を以って居る強国があったならば、平常大なる力を其の方面に向けて防御に努め
なければならぬし、若し又我国が周囲に斯(かか)る恐るべき強敵がなくして、却って日本を恐れる処の
弱い国家があるならば、又其れ相応に力を用ひなければならぬ』と。【地理教授の方法及内容の研究】

うむ。まったく其の通りである。本より、日本外交はこうでなくてはならぬ。

よいか。害国に対しての及び腰と、国内罪人への及び腰は共通するのであり、それらの及び腰が、
須らく害国からの威圧を招き、犯罪人の国内法に対する増長へと繋がっていくのである。

されば、連日の親殺し、子殺し、孫殺し、いや、其れこそは、孫が祖父母を殺す、祖父母殺しか。
果たして、此の様な殺人が連日のように起こる先進国などは、最早、我が国の他には無かろうて。

『生命軽視の姿勢は明らかだが、甚だしく顕著とまではいえない』

こんな馬鹿な事を言っている最高裁の連中も、元を正せば甘国甘法の犠牲者なのであり、
そういう連中を生んだ国家の責任こそが、今こそ大きく問われるのである。

とまれ、悪法も法なり。法治の名の下に崩れ往く勧善懲悪の大精神。

今日も今日とて、害国害人が、我が物顔で闊歩する。
 
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