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宿坊フェイクの莫迦さ加減

 投稿者:管理人  投稿日:2019年 7月14日(日)14時58分23秒 i223-217-95-95.s42.a014.ap.plala.or.jp
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  信仰心の欠片も無い宿坊連中。

釈迦こそが末法の本仏だとする宿坊連中。

而して、日蓮大聖人を本仏と仰ぐ創価の文書をベタ貼りする宿坊連中。

而して、其の創価執行部を批判し中傷し揶揄する宿坊連中。

而して、其の中傷する相手の文書を採用して、富士門の法義を中傷する宿坊連中。

応に、支離滅裂、自己撞着、心破作七分の痴態ではないか。哀。

而して、そんなキマイラ連中が、今日も今日とて、創価フェイクをベタ貼りして、我ら富山に文句を垂れておる。哀笑。

>日蓮正宗法華講の機関紙「大白法」六月一日付の「異流義破折」欄で劣悪な学会批判を掲載していた。
>この中で日寛上人の御本尊を作製したと難癖をつけているが、的外れも甚だしい。

糞笑。難癖だ? 的外れも甚だしいだ?

阿呆!! 学会を中傷し揶揄しているオマエらが、宗門の学会に対する破折を指して難癖とは何事か。
的外れだ? 莫迦者!! 其れはオマエらの事だろう! ったく、己(おのれ)の手で破り捨てたモノを用いて
相手を非難するなどは、応に頭破作七分の所業行と云わずして何と言うか!!

>宗門は平成三年十一月二十八日に学会を破門にし、三十日には学会員への御本尊下付停止を発表した。
>そのため栃木県・淨圓寺の成田宣道住職(当時)より同寺所蔵の第二十六世日寛上人御筆の御本尊を
>御形木御本尊にして創価学会から会員に授与していただきたいとの申し出があった。
>これに日蓮正宗改革同盟、青年僧侶改革同盟の全員が賛同。学会は総務会、参議会、教学部最高会議、
>県長会議、責任役員会など正式機関の決議を得て授与するようになった。

大笑。オマエ、其の時の離脱僧から宣べられた本尊授与の大義。今になって忘れたとは言わせまいぞ。オマエ。
ったく、惚けるのもいい加減に致せよ。呆呆。

>宗門は「法主の許可」が必要と言うが、血脈詐称の法盗人である日顕・日如の許可など必要ない。

小鼻笑。オマエらには解らんよ。いや、解ろう筈もない。呆哀。

だから日亨上人が申しておる。曰く『曼荼羅書写の大権は唯授一人金口相承の法主に在り、敢えて沙弥輩の
呶呶(どど)する事を許さんや』と。本より沙弥輩の意には、オマエら有髪の在家も含むのであり、呶呶を許さず、
とは、そういうオマエらが、くどくどと本尊の大権に文句するを許さない、との意である。

ったく、本尊の大権に於いて許されぬ者が、何で本尊の大権など知り得ようか。
よいか。此の事をして道理と云うのである。

>学会の出現以前は日蓮正宗に入信する人は殆どいなかった。

鼻笑。殆どいなかった、とは幾人を基準にして結論しておるのだ。もっと具体的に申せ!

>時折、入信する人が現れると、各末寺が勝手に御本尊を授与していたが、その都度、法主が開眼することはなかった。

小鼻笑。末寺が勝手に御本尊を授与するとは、如何なる事か。

なんだ。だから、オマエらも宗門に習って勝手に本尊を作ったってか。呆笑。
莫迦か、オマエらは。呆呆笑。

其れにしても、その都度に法主の開眼、とは面白い。

其の都度とは何か。まさか本尊との対面を以って言っておるのか。

哀笑。日有上人の御訓誡に背き、日亨上人の御教示にも乖(そむ)く者共が、本山法主の大権に文句をつけるなど、
応に本末転倒の愚行である。

曰く『此の如き事は沙弥輩が俄(にわか)に断ずるは僭上の罪過恐れ有る事どもなり』と。

されば、僭上の罪過恐れ有る事ども、とは、応にオマエら宿坊莫迦フェイクの事ども、との意に成るのである!

>例えば、東京の妙光寺が下山日布(五十五世)、法道院が大石日応(五十六世)、常在寺が阿部日正(五十七世)と、
>それぞれ有縁の法主の御形木を持っていて、勝手に印刷・表装して授与していたのである。

鼻笑。又、其れか。そんなもん、疾っくに破折済みだよ。他に無いのか、他に!

>また、香川の讃岐本門寺では過去に塔中坊に安置されていた日興上人の御本尊を御形木にして多くの檀家に下付していた。

以下同文!

>更に、学会員が草創期に授与を受けていた日寛上人の享保三年の御形木御本尊は池袋の法道院で印刷していた。
>それを各末寺は本山を経ずに直接、法道院から受け取っていたのである。

以下同文の以下同文! ったく、オマエらの脳みそは、思考停止に陥っておるのか。

>学会草創期に流布した享保三年の日寛上人の御形木御本尊は、相貌も授与書きがない点も、法主による開眼などが
>なかった点でも、現在の学会授与の享保五年の日寛上人御書写の御形木御本尊と全く同じで、功徳は絶大である。

はて、享保三年の日寛上人御書写御本尊に於いて、相貌も授与書きも無い、とは如何なる事か。
当方が生き証人である。其の証左を此に述べてみよ。一度なれば串でもよい。申してみよ!
加えて法主の開眼が無い、とは、如何なる状態をして結論しておるのか。再詰である。此に申せ!

>現在の学会授与の享保五年の日寛上人御書写の御形木御本尊と全く同じで、功徳は絶大である。

だから、現在の学会作成の日寛上人本尊も、享保三年の御本尊と同じく、相貌も授与書きも無い、という事を
此に述べてみよ! 爾して、相貌が無いとは如何なる事か、授与書きが無い、とは如何なる事か。

加えて、オマエらが持っている功徳絶大の本尊とは、一体如何なる書写本尊であるのか。
其れこそは、離脱僧・成田宣道(日蓮正宗改革同盟  故人)による本尊授与の宣義を以って、此に呈示してみせよ。

>◆明治三十七年の日露戦争に際し、時の法主・大石日応は一万体にものぼる「戦勝守護の御本尊」と
>称するものを作成して売りさばいていた。(明治三十七年四月発行の宗門機関誌「法乃道」より)

>◆日顕の父の第六十世・阿部日開は昭和六年の日蓮大聖人第六百五十遠忌に際して「永代尊号付きの賞与大曼茶羅」
>「大曼茶羅」というように、寄付金の多募により御本尊に差別を設けて、御本尊を金儲けに利用した

>◆東京・品川の妙光寺では、日蓮大聖人の御真筆の御本尊を「謹写」して御守りとして授与、御供養を取っていた
                              (「妙の光」昭和十二年九月一六日付)

哀笑。此等も皆破折済み、いや、呵責済みであろうが。

よいか。

大日本国(世界に於ける中国)が露助と対するに、其の戦勝を祈願し、其の護国を願わんとするは当然の事であり、
オマエらの様な売国奴には判ろう筈もない。尚、御本尊を作成して売りさばく、という、オマエらの様な俗性は、
富士門には無い。我が富士門に於いては、御本尊を御顕発し、又は御書写申し上げ、其の授与に際して御供養申し
上げるのである。よいか。本尊を作って販売しているのは、他ならぬオマエらなのである!

日蓮大聖人が曰く『日輪変じて釈迦如来となり、大光明を放って大地をつきとおし、三悪道無間大城を照らし、
乃至東西南北、上下に向かっては非想非非想へものぼり、いかなる処(ところ)にも過去聖霊のおはすらん処まで
尋ね行き給ひて、彼の聖霊に語り給ふらん』と。

哀笑。

まぁ、オマエら外道創価の沙弥輩には、到底理解出来得ぬ御文ではあるが、もし此の御義が領解出来れば、
オマエらの物言いが、何(いか)に幼稚であるのか、此に於いて理解出来よう。

とは言うも、其れは無理な事であろう。

本より、一闡提人に解ろう筈もない。呆哀笑。

宿坊フェイク、何とも莫迦な連中である。
 
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