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本より放埒を誡む 

 投稿者:管理人  投稿日:2018年 9月30日(日)22時36分26秒 i58-95-167-152.s42.a014.ap.plala.or.jp
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  されば、末法の持戒とは、受持即持戒、つまり、正法正義を堅持する事であり、
破戒とは、其の正法に反逆し、正法正義を護持する者に対して謗ずる事をいう。

日寛上人に曰く『これ謗法闡提の人を指して破戒の比丘というなり、すでに
若し暫らくも持つ者は是名持戒と説くあに若し暫らくも謗ずる者は是名破戒
にあらずや』と。

つまり、其の究極を言えば、持戒とは大御本尊の信奉護持であり、破戒とは
大御本尊への不信謗法である。

大聖人に曰く『此の五字の内に豈万戒の功徳わ納めざらんや。但し此の具足の
妙戒は一度持って後、行者破らんとすれども破れず。是れを金剛宝器戒とや申し
けんなんと立つべし』と。

応にこの御意こそは、小乗戒の無力を表すものであり、真実の戒とは正しく法華
本門の肝心たる人法一箇の大御本尊を堅持する、其の金剛宝器戒の唯一戒のみで
ある事を示されたものである。

曰く『若し一戒を持てば人中に生ずることを得、若し一戒を破れば還って三途に堕す』と。

はて、この一戒とは何ぞ。

果たして、お前らが口を尖らせて言う処の不犯の事であるか!

鼻笑。そうではなかろう!

ったく、その様な事も解からずに『僧侶が結婚した! 妻帯だ! 戒律を破った!』
などと、小義に執着して馬鹿騒ぎするお前等の無知こそを、我ら富士門信徒は笑う
のである。

少しは勉強しなさい。

下山御消息に曰く『然れば時をわきまえへず機を知らずして小乗戒を持たば大乗の
障りとなる。破れば又必ず悪果を招く』と。

本より、僧侶による妻帯などは、日本に於ては平安時代から常態であったというが、
後々、徳川幕府によって全国の寺院は統制され、其れら寺院法度によって、僧侶の
妻帯も禁止されたのたである。

尚、此の徳川幕府の法度について、日亨上人は「一種異様な僧界の戒法」と断言
されている。

つまり『結婚は淫行だ! 破戒だぁ!』と絶叫するお前等は、其れら江戸時代の
寺院統制の復古を今に望んでいるに等しいのであり、又、僧に於いて小乗戒を厳守
せよとの、まこと日蓮大聖人の仏法を学ぶ者とは思えない邪徒狂徒に成り下がった、
という事である。

よいか。平安の当時から僧の妻帯は珍しい事でも何でもなく、又、其れらの妻帯
不帯の議論は凡そ小乗戒律の範疇なのであって、法華経から望めば論ずるに足ら
ない問題なのである。

本より、僧の妻帯などは法義上の問題であり、本来、国家政策によって禁止される
類のものではない。したがって、明治5年の太政官布告によって、江戸幕府下での
禁制が解かれ、再び僧侶の妻帯が許可されるという事などは、其の一連の変動から
して、当然の流れでもある。

果たして、国家政策によって禁止されたものが、再び、国家の政策によって其れが
解かれる。但それだけの事である。

よいか。つまりは本来の姿として、どうあるべきか、という事が大事なのであり、
其の本来の姿をして大白法の化儀に合致し得るか否か、という事が重要なのである。

とまれ、お前らが云う処の「妻帯誹謗」などは、単に日蓮正宗僧侶の僧としての
イメージを、そういう「肉欲妻帯」という俗世からの淫靡な感覚に於て貶めよう
としているだけなのである。

其の証拠に、お前らが叫ぶところの「妻帯禁止」なる御訓戒など、どんな逆立ちを
しても、御書の文中から見つからないのである。

加えて富士門からの傍証として、二十六箇条に於ける『先師の如く聖僧たるべし』
との御遺誡が直近ではあるが、其の御本意こそも、実に袈裟を着たる僧が心身共に
在俗の風に堕し、其の堕したる女犯肉食の放埒の態を大いに誡むべし、との御遺誡
なのであって、決して僧侶妻帯を厳禁されたものではない。

よろしいか。お前ら旧信徒は能く能く、其の意を覚えておきなさい。

尚、日霑上人が過去に申された『女犯肉食の如き禁制は出家の常行にして末法の
今の時といへども、其の位なことを犯さぬ出家はいくらもあることぢゃ、』との
本意は、江戸時代に於ける寺院法度の中で培われた上人の晩年としての御信念を
示されたものであり、決してそれら僧侶の妻帯肉食をして謗法とは断じられなかった
のである。

加えて、日亨上人が言う処の『出家妻帯は一時の変体』という表現についても、
其れが富士門として破戒謗法である、などという意味で言われたのではなくて、
日興上人の御遺誡から見て(現行としては)単に異なる一時の状体、という意味を
して言われたものである。(尚、変体ならぬ変態こそは、今のお前らの事である)

たがらこそ日亨上人は、幕府による僧侶妻帯の禁止も含めた寺院法度に対して、
其の禁止さえ褒めることなく『一種異様な僧界の戒法」と断言されたのである。

ったく、謗法でないものを謗法として悪口し、而して自らの謗法には無頓着たる
其の阿呆なる姿よ。哀笑。

お前ら本当に大丈夫か? …頭。

さて! 後学である! 其のお前らの其の腐った脳髄に詰問してしんぜよう!

さすれば少しは良い血が頭に昇ろうて!

よいか! 出家の妻帯が、平成3年の破門以降、お前らからして謗法となった
其の法義的根拠を述べよ!

加えて、お前らの広布基金や聖教新聞の購読料で飯を食っている、所謂、本部職員などの
特権階級などは、果たして、お前らが定義するところの(布施供養によって飯を食っている)
「僧の状態」であろう。であるならば、其れらの者はとりわけ「毛坊主」と言う事にもなるが、
果たして其れら「毛坊主」の妻帯は、お前らの「僧」の定義からして変体とはならんのか。其れを申せ!!

ったく、其れよりも何よりも、当方からして、其れら在家の者どもが同じ在家の信者を抱え、
其れらの在家が同じ在家に本尊を与える事の方が、よほどの大変体である!

果たして、どちらの変体が大白法に於いて真実の変体なのか、お前らは其れを申してみよ!

因みに、お前らからして妻帯された日亨上人も変体という事になるが如何。

呆哀。ったく、お前らは、本当にどうしようもない連中ではあるよな。哀哀哀。
 
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