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高札の優

 投稿者:管理人  投稿日:2018年 3月27日(火)18時29分28秒 i60-35-89-214.s42.a014.ap.plala.or.jp
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  曾(かつ)て、匿名(無記名)による密告・讒言等を指して、其れを「落書(らくしょ)」と言っていたが
今にして其れを当て嵌めるならば、根無し草の連中が其の躯体を隠し、悪口中傷を書き散らかす姿こそ、
応に「落書」ならぬ「落書き」の姿そのものであると云えよう。

本より、其の恥態こそは、プロキシ(串)・捨てハン・多重ハン等に表れ、其の性根は「無題」や「名無し」
という言様にも表れて、応に其れこそは、木陰に隠れてほくそ笑む、小人の根性であるという事を、此に於て
識るべきなのである。

因みに、落書きの本人(書き手)が露顕した場合、其の者を死罪にするなどは、曾(かつ)て国持大名の支配下に
於いて実際に在った刑罰ではあるが、其の落書きが現今に於いて、日蓮大聖人の正統に向けられているとなれば、
応に其れこそ死罪に値するものとなろう。無論、ここで云う死罪とは、これら落書者の腐れ頸を刎ねるには非ず、
其れこそは仏法正法から斬り落とされる五逆の大罪をして云うものである。

して観るに、根無し草の宿坊連中が好んで貼り付けている「フェイク」こそは、当に落書きの最たるものと言って
いいだろう。

発行形態=「緩急自在不定期発行」
発行所=「日蓮教団・メディア・アカデミー」
監修人=「青葉茂」
購読料=無料
引用=転載自由・コピーも可

糞笑。

「日蓮教団・メディア・アカデミー」とは何にか。
「青葉茂」とは何ぞ。鼻笑。

日蓮教団? ふざけるものではない。
青葉が茂る? 阿呆抜かせ! 茂っておるのは、阿梨樹の枝であろうが!

よいか聞け。

先ず以ってオマエらがやる事は、今までオマエら自身が書き散らかして来た内容の総括である!

本尊然り! 教義然り! 会長指導然り!

よいか!! 今、オマエらが書き散らかしている内容は、其れらの事を頬(ほ)っ被りしているものであり、
其の様ないい加減な根性を以って、他宗教団の本尊教義に文句する資格などは、これっぼっちも無いのである!

然るに転じて我ら宗門はどうか!

青葉茂だ? 不破優だ?

そんな者など居りはしない。

本より、日蓮正宗自由通信同盟、日蓮教団メディアアカデミーなどと偽称する必要も無い。

我らは堂々、其の発行元を明記し、発行責任者も明示して、其れらの公行を以って本尊教義を宣揚し、以って
邪宗邪義を破折せんとしているのである。

よいか。応に是れこそ、オマエらに対しての「高札」なのであり、事実、其の高札は、オマエら落書人に対して
下されているのである。よいか。落書きに背いても罪には成らんが、高札に背けば罪と成るのである!

されば、フェイクのみならず、地涌や短信なども、其のすべてが落書きの其れであり、そんな落書きを信じて宗門に
文句する学会員こそが哀れなのである。

言うまでもない。

フェイクも地涌も、其の根は同じであり、曾(かつ)ての宗門対策室と本部広報室が、其の担当分野を振り分けて
宗門に対抗した諜報謀略の産物なのであり、又、そうであるからこそ、今もって其の身を隠匿し、偽名を弄して、
駄文を吐き散らかしているのである。

本より、こういう類(たぐい)のモノは、そこに記さる内容の信憑よりも、衆人の目に晒す事が第一なのであり、
又、それこそが落書きの骨頂ともなるのである。

して観れば、根無し草の宿坊連中が、又しても、燥(はしゃ)ぎながら落書きを書いておる。哀笑。



◆フェイク 第1606号   投稿者:宿坊   投稿日:2018年 3月16日(金)13時01分0秒

   (発行=18.03.15)

「極楽寺良観の再来が日蓮正宗の中に」
無知な法華講員の愚かな批判を粉砕 ㊤
戸田先生が「佐渡御書」講義で厳しく指弾

鼻笑。

呆れてモノが言えんよ。なぁ、宿坊よ。哀哀笑。

>大聖人様を迫害した良観たちが、いま生まれてきて仏立宗等の坊主になって
>いるのです。本当です。この原理からいうとそうなります。そうでないとしたら、
>大聖人様がウソをついたことになります。大聖人様をさんざんいじめた悪い者が、
>仏立宗日扇などという徒輩になったのです。

これは恩師の指導よな。

うむ。仏立宗の長松日扇などは、当に良観の類と云えよう。
いな。長松日扇の本尊教義に対する変転は、良観以下であり、実にオマエら現創価に酷似するものである。
して。オマエら宿坊連中こそは、当該日扇の宗教組織に対する右往左往の痴態に習うものである。

小笑。果たして其の事、オマエらに解りょうか。鼻笑。解るまいて。(ったく、情けない連中である)

>霊友会でも立正佼成会でも、天理教の教祖でも、みんなあれは仏法を悪くいってきた者が、あのようになって
>出てきたのです。

果たして、そういう恩師の新興宗教に対する呵責を反故にし、立正佼成会の庭野日敬の葬儀に二人の副会長を参列
させたは、一体何処(どこ)の何奴(どいつ)であるのか! 実(げ)に是れこそ恩師の指導に違背する師敵対の其れでは
ないのか! ったく、日敬の訃報を聖教新聞に掲載するような馬鹿どもが、今更にして何を云うか!!
少しは恥を識(し)りなさい!

されば、恩師戸田先生は「大聖人様の御時代に、あるいは良観とか、あるいは法然の弟子とか、そういう者の
弟子などになる連中は、いったい過去にどういう者だったかというと、昔、仏法をくさした外道の者が
生まれてきて、仏法をやってですね、そうして今度は正法を邪魔するんです。そうすると今度どうなるか、
あいつらが死ぬと、今度は日蓮正宗のなかに生まれてくるんだよ。誠にこれはおもしろいもんだぞ」
                               【昭和31年2月7日 於:大阪中之島公会堂】

と申されておる。

果たして、オマエらは、此の恩師の指導を対宗門として好んで用いるが、是れこそは、前年に起きた彼の蓮華寺の
事を指して述べられているものである。つまり、獅子身中の蝗蟲というものは、必ず其の胚芽を命に宿して入門し、
又は、将来、必ず正法を誹謗する命を持って今の世に生まれ、其れこそは、親を殺し、子を殺す命業が如く必然に
起こり得る現象を以って、恩師は「誠に面白い」と達観されたものである。つまり、この恩師の指導をして云うならば、
身延の日向然り、保田の日郷然り、要法寺の日尊然り、旧妙信講然り、して又、創価学会然りの、離反像の理(ことわり)
を云うものであり、当に恩師は、そういう因果律の必然さを以って「面白い」と申されたのである。

されば蓮華寺の坊主(崎尾正道)も例に漏れず、一旦は宗門の大懐に居座ったが、結句は宗門から離反し、
遂には己(おのれ)をして「十八代法主」などと増長して、其の正体を現したのである。
とまれ、御宗門は、連々教化・再三教導の御姿勢にして、実(げ)に其れこそは、古来からの化儀でもあるから、
彼の小笠原慈聞(御宗門は小笠原の悔悟を許されて「師」とお付けになられるが、当方は未熟な在家であるから、
師とは云わん)を寛恕し、又、牧口・戸田両会長による反抗をも教訓し、更には、池田太作の我儘をも許容した
のである。爾して彼の崎尾正道も許されたが、結句は恩師の云う通り、日蓮正宗を離反し、自らを法主として
「日蓮実宗」なる宗教を立ち上げたのである。

仍って恩師が云く、

『それで今、日蓮正宗が本尊流布するにあたって、邪魔をするのです。
今度、 それではどうなるのかというと、あのような連中(佼成会の会長や天理教の教祖)が死ぬと、
今度は日蓮正宗の中に生まれてくるのです。そして蓮華寺の僧侶みたいになってくるのです』と。

哀笑。よいか莫迦よ。

此に於いては、まさしく崎尾正道の行状を指して言っているものであり、落書きフェイクが言う、

「日顕こそ六師外道―極楽寺良観―邪宗日蓮系教祖―崎尾正道と伝わってきた第六天魔王の血脈を
引き継ぐ者で、まさに世界広布を妨害する日顕こそが崎尾の再来、極楽寺良観の生まれ変わりなのである」

などという文句こそ、当に落書きの真骨頂であると、此にして弾呵されるものである。いや、弾呵などとは
オマエらには勿体ない、オマエらには呵責・糾弾・叱責こそが似合いであろう。否、其れとて理解できない、
莫迦者連中こそが、オマエら落書者の脳髄なのである。呆哀哀。

>戸田先生の亡き後、崎尾と同様に御本尊を道具に使って、学会員を脅してきた坊主が日顕である。

鼻笑。御本尊を道具にしてとは如何なる事か。小鼻笑。
哀笑。学会員を脅す? おいおい、脅して来たのはどっちであるのか。小鼻笑。
ったく、見て来た様なウソを言うものではない。何? だからこそフェイクなのだ! だと?

哀笑。さもありなん、さもありなん。

>日顕が嫉妬深いのも有名だ。日顕に相承しなかった日達法主に対する恨みと嫉妬から大化城、
>大客殿、六壷を潰し、広宣流布の暁に本門寺の戒壇たるべき大殿堂と、日達法主が教示していた
>正本堂も約五十億円の巨費を投じて解体した。

糞笑。それ全然外れてるよ。ウソも百回載せれば本当になるってか。小鼻笑。
糞笑。解体だ? なんだ、破壊ではないのか。小鼻笑。

>良観と酷似している日顕が学会の宗教法人化に反対するなど悪辣な性根は生来のもので、
>戸田先生は鋭く見抜いて弾呵していた。

弾呵? 増長慢もいい加減に致せよ。何? 啖呵の言い間違いだと? 鼻笑。
ならばよろしい。恩師の口調からして啖呵の方が合っておる。

尚、創価学会の宗教法人化に関しては、過日、当方が「フェイク 第1603号」の虚文に対して呵責して
おるから、根無し草(無所属・無信仰・及び分派身中の蝗蟲)連中は、能く能く目を通すべぎである。
尚、昭和27年の宗教法人化については、宗内の殆どが反対であり、在家信徒が勝手に宗教法人を立ち上げ、
在家の身を以って法を説くは、これ全く不審なり、との意見も在っての事か、宗内に於いてはそう易々とは
了解されなかったのである。いや、当時の創価学会をして、其の吊し上げ攻撃によく耐えて跳ね除けたは、
まこと正宗僧侶の根性とも云うべきか。

とまれ、狸祭り事件を起こして後の法人化の許可は、応に宗門の大英断であり、又、其の御英断の影に在る
御僧侶方(特に細井庶務部長・後の日達上人)の尽力を識(し)るに仍って、恩師戸田先生は、其の法人設立に
全く異心無きを、彼の三箇条に託して、其の赤誠を示されたのである。

よいか。そういう経緯があるにも拘らず、当時の創価法人化を反対する御僧侶を指して、良観と酷似などと
今更にして軽口するは、これ全く落書きの其れである、という事を、オマエら馬鹿宿坊連中は、能く能く
識(し)るべきである。尚、当時の猊下は日昇上人であり、創価法人の目的が、全く宗門外護によるもである
との御信用を以って了されたのであり、其の設立の大義を脱線せしめたのが、他ならぬ池田太作なのである。

よいか、つまりは良観に酷似する人間こそ池田太作なのであり、其の良観酷似の弟子たるが、オマエら
創価外道員なのである。

其れにしても、よくぞ御宗門は許された。

記事に云く、

【戸田会長を留置 日蓮宗吊るし上げ事件】

岐阜県美濃町本玄寺住職小笠原慈聞師(78)を日蓮宗創価学会=東京都千代田区神田西神田=の一部信徒が
吊るし上げた事件を調べている静岡県富士地区署は一日同会和泉覚氏を、さらに二日同会会長の戸田城聖氏を
留置したほか、吊るし上げに参加したとみられる同会青年部の十名を任意出頭で調べ、同夜釈放した。
取り調べを受けた青年部の中には大学教授二名、小学校教員四名など知識人が多く証拠固めは三日で一応終る見込み。
なお小笠原師は四月二十七日の被害当日裸にされて殴られ、全治四週間の負傷をした上謝罪状を書かされたと同署では
言っている。【昭和27年9月3日 朝日新聞/夕刊3面】

爾して、其れより5日後に、創価学会は東京都知事から宗教法人の認証を受けたのである。

さてこそ、連々教化にして再三教導とは此の事か。
否、当に指導寛恕とは此の事を指して云うものであろう。
されば、彼の山崎氏や原島氏の帰伏も、そして中西氏の帰伏なども、須らく指導寛恕の其れである、という事を、
今更にして痛感するものである。

よいか創価よ。今にして法人たるは、我が宗門の寛恕が無ければ、到底為し得なかった事なのである。
よいか。其の事を先ずは覚えて置きなさい。

尚、オマエら創価の総本部に安置されている板本尊は、創価法人化について御允可された日蓮正宗第64世・
日昇上人の所謂(いわゆる)『大法弘通慈折広宣流布大願成就』の書写本尊である。

何? 書写本尊とは何の書写だと? 呆呆哀。

阿呆!

其の様な事は当然であろう。言うまでもない。其れこそは戒壇の大御本尊を御書写された御本尊であるから
書写本尊と申しているのである。

されば、創価総本部に安置さる慈折広布御本尊を認(したた)められた日昇上人が申さく、

『戒壇の大御本尊の御内証を、帯し奉って不肖日昇六四世の法主として、御本尊様に信仰を染めてお認(したた)め
申しあげている御本尊でございまする』と。 【聖教新聞 昭和30年12月18日付け)

しかし、今のオマエらは、この猊下の御言葉を反故にして、創価の本尊は大御本尊の書写ではない、などとバカな
事を言っておる。ならば一体、オマエらの総本部に安置してある本尊は、一体何の写しであるのか!
而して、写しではない、と言うならば、一体誰の御真筆であるのか! して、その誰とは一体誰の事であるのか!
オマエら莫迦フェイクは、其れらの事を須らく総括せよ! 何!? 所詮は落書きであるから、そんな難しい事は
書けないとな! ったく、其れこそ、さもありなん! であるよな! そうであろうが! 莫迦フェイクよ!

>日顕の「坊主根性」
>そのことを日顕も認めていて「戸田会長先生の御逝去に対して」と題し、次のように記していた。

「私の罪障と云うか、先生の云ういはゆる坊主根性の為か、昭和二十四年頃の私は、
自らの心にある垣根を作り、それが円融濶達にして師厳道尊なる先生の精神に半ば通じない
事があったのは、今更遺憾懺愧此の上もないのである」 (「大日蓮」昭和三十三年五月号)

昭和二十四年と言えば、御隠尊は当時、墨田区本行寺の御住職であり、二十七歳の青年僧侶であった。
爾して、当時の創価学会は、戸田先生の事業がうまく行かず、創価学会をして財団法人とするに於いて、
其の信心を疑われたのではないか。いや、其の事業に於ける色物雑誌の存在や、手がける金融の生業(なりわい)に
於いて、其の余りある俗臭に、眉を顰められたのやも知れん。本よりこれは当方の愚推ではあるが。
とまれ、過去の御心境なりを、正直に吐露されるは、これ全く謙虚な御姿勢と、当方は此に領解するものである。

>もし、日顕が「坊主根性」を猛省し、改めていれば、今日のような宗門の衰退を招く事態には
>至らなかったであろう。(つづく)

糞笑。御隠尊が言う「坊主根性」と、オマエら創価外道を破門にした根性とは、全く事を異にするものである。
オマエらは、そういう分別も出来ない程、脳味噌が腐っているのである。又、そうであるからこそ、落書きを
好んで書き散らかすのである。哀笑。

されば云おう。

オマエらの首魁たる池田太作こそ「在家根性」を再確認し、其の根性こそが全く信徒としての規律である、という事を
認識しておれば、我ら正統・富士門流から破門されずに、其れこそは本尊雑乱・教義変転の醜態を晒さずに済んだので
ある。よいか。真(まこと)の衰退とは其の数に非ず、其れこそは本尊教義の攪乱に在る、という事をオマエらは知りな
さい。

>昭和六十年春、当時の仲居に「ワシも明日から六壺で勤行をするからな。信心根本でなきゃいかん」と言ったものの、
>勤行したのは、その翌日の一度だけ。同六十三年にも「勤行に出てやる」と言ったが、この時は口先だけに終わった。
>日如も昔から勤行をサボっていたことを改革同盟の渡辺雄範氏が「決別の書」で次のように指弾した。

哀笑。だから、我らも其れに習って、勤行を一座にしたってか。哀笑。
糞笑。ったく、人様の勤行に文句する前に、オマエらの其の省略根性を恥じなさい。
鼻笑。離脱僧、見て来た様な、嘘を言い…。小鼻笑。

して、そんな改革同盟が云く、

『「法体の血脈」という時、その「法体」とは本門戒壇の大御本尊以外には有り得ません。ゆえに、日寛上人が
「法の本尊を証得して、我が身全く本門戒壇の本尊と顕るるなり(中略)題目の力用に由るなり」と示されている
通り、一切衆生の成仏を説かれた大聖人の仏法では、法主に限らず、全ての門下僧俗が「題目の力用」によって、
「法体の血脈」を受けられるのであります』と。 【日蓮正宗改革同盟 決議文より】

哀笑。

果たして、法体の血脈の「法体」こそは、本門戒壇の大御本尊以外には有り得ない、とは如何なる事か。
して、其の唯一の法体に帰命し、応に其の力用によって「法体の血脈」を得るとは、如何なる事か。
爾して、戒壇の大御本尊をして法体の唯一とし、其の法脈を以って題目を唱うれば、日寛上人の御本尊に
於いて功力を得るとは、応に絶待にして相待たる、本尊授与の大義を云うものではないか。

莫迦フェイクよ。

今にして改革同盟の戯れ言を引用するならば、先ず以って上記改革同盟による本尊授与の大義を此に総括せよ!
よいか! 是れこそは、勤行をした、しないの次元ではない。是れこそは宗教の根本たる本尊義の御事である!

ったく、事の順序も弁えず、小事一端の事柄を仰々に喚き散らかす、其の稚拙狂乱の不様(ぶざま)なる姿よ。呆呆。

よいか! 今こそ、オマエらの眼前に高札を立てよう!


一、折伏した人は日蓮正宗の信徒として本寺に所属させること。

二、当山(富士大石寺)の教義を守ること。

三、仏・法・僧の三宝を守ること。


哀笑。見覚えあるか。有るであろう!

然るにオマエらは、この高札の義に背いたが故に破門されたのである。

よいか。興門による高札の義は、オマエら莫迦フェイクの万倍なのである!

一大秘法とは御本尊の事ではない。

糞笑。こんな邪言を吐いている共ずれが、落書きフェイクの戯(ざ)れ言を読んでほくそ笑む。哀笑。

よいか。そーゆーオマエらこそが、彼の一行、空海、良観、法然、中山みき、庭野日敬、小谷キミ等の
生まれ変わりなのであり、そーゆーオマエらの姿こそが、破仏法の元凶と成るのである!

少しは『恥』というものを識(し)りなさい!

よいか!

正義の高札は唯一つ! 其れに乖(そむ)くを破法と言う!
 
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