新着順:14/8104 記事一覧表示 | 《前のページ | 次のページ》

莫迦宿坊の馬鹿フェイクを叱責す

 投稿者:管理人  投稿日:2018年 2月24日(土)16時23分43秒 i223-218-109-72.s42.a014.ap.plala.or.jp
  通報 返信・引用
  ■フェイク 第1605号   投稿者:宿坊   投稿日:2018年 2月22日(木)22時37分29秒

(発行=18.02.21)

日顕「椅子の者は来るな、祈念が乱れる」
春季登山に苦悩し、車イスを貸出すと甘言
顰蹙買った顕正会の結集を真似る宗門


哀笑。

なぁ、宿坊よ。

いや、宿坊のハンネを使って、阿呆らしい怪文書を貼り付けている、謀略根性の馬鹿どもよ。鼻笑。

ったく、同(おんな)じ事をベタベタと貼り付けおって。呆呆哀。

確か、此の椅子に対するイチャモンは、今から24年前の平成6年(1994)【地涌】(報恩社・キタリン)に書かれていた
ものと同じではないか。

呆呆哀。ったく、オマエらは種無しの阿呆であるのか。鼻笑。

しかも、オマエら宿坊一味は、彼のキタリンを「葬儀屋」などと蔑み、其の他二名(ピロと仁丹)を含めて「悪の三位一体」と
中傷していたのではないか。ったく、そんなオマエらが、敵人たるキタリンの記事を採用して、今更に文句を垂れるとは、
応に、鉄面皮、無節操、破廉恥極まりない連中であると、此に改めて痛感するものである。

ったく、情けない賊(やから)であるよな。糞笑。

>法華講の春季総登山会を三月二十四・二十五日に大石寺で行なう日蓮正宗は
>参加者の確保に四苦八苦している。

哀笑。何? 四苦八苦だ? 其れこそは一所懸命の間違いではないのか? 哀笑。

ったく、オマエらの目ん玉が捻じれておるから、其の様に捻じれて見えるのである。

何度も同じ事を言わせるものではない。

>宗務院が昨年十一月、末寺毎に割り当て人数を決めて締め付ける一方…

哀笑。締め付ける? 悪いが其の様な実感は全く無いよ。鼻笑。

何? 締め付けられているという、法華講スパイからの情報だと?

鼻笑。なんだ、そんな情報を真面(まとも)に受け取っておるのか。小鼻笑。(大丈夫か? 其のアタマ)

>機関紙「大白法」は毎号、特集記事を掲載している。
>その特集の中で面白いのは「車イスの貸し出し」との見出しで「総本山では、登山会中の境内地の
>移動用として車イスを貸し出しています。貸し出し・返却の手続きは……」等と記した記事である。

面白い? 身体の不自由な登山者に車椅子を御貸しする事が、何故に面白いのか。

さてもオマエらは、車椅子を利用する身障者を馬鹿にしておるのか? 呆怒。

>一見すると、温かい対応のように感じる向きもあるが、実は、これは親切心からではない。
>以前、邪教・顕正会が総会に病人や歩行困難な高齢者、体の不自由な人を車イスに乗せて無理に
>連れ出し、世間の顰蹙を買ったことがある。こんな顕正会の強引で悪辣な結集の手口を日蓮正宗が
>真似しているのである。

呆。おいおい、顕正会(旧妙信講)が総会に向けて、身体の不自由な会員を無理やり車椅子に乗せて
連れ出した事と、身体の不自由な登山者の為に、総本山が予(あらかじ)め車椅子を用意する事と、
一体、其れの何処(どこ)が真似であるのか。

呆哀。オマエらのアタマは、本当に大丈夫であるのか。(いや、大丈夫ではない事は、最早判っておる)

尚「邪教・顕正会」とオマエらは言っておるが、此等の徒輩は、今もって戒壇の大御本尊を尊拝しておるから、
新興創価よりもマシである。否、オマエらの様な創価外れの己義集団からしてみれば、10倍は正義に近いものである。
呆哀。果たして此の言っている意味、オマエらに解りょうか。いや、解るまいて。哀哀笑。

>車イスを使用している人達は客殿での丑寅勤行、日如の講義には参加できない。主要行事の第五十五回
>法華講総会もメイン会場ではなく、別会場で中継の映像を見ることになるだろう。
>歩行困難の信徒に登山を強要しておきながら、中継を見せるだけとは無慈悲の極みと言わねばならない。

呆哀。参加できない、いや、オマエらの根性からすれば、参加させない、と観るのであろうが、本より本山として
車椅子の儘、畳の上に上り込む事を禁じられているだけの事である。其の様な事、当たり前であろう。
其れとも何か。車椅子の儘、畳の上を移動しても、其れを許す事こそが、身体の不自由な信徒に対する思いやりと
オマエらは思っておるのか。

呆哀。オマエらのアタマは、本当に腐っておるのか。(いや、其れこそは蛆が湧いておるのか) 哀哀。

尚、客殿に限らず、総本山の各坊各所に於いては、丈の短い小座椅子であれば畳の上でも使用可能である。
無論、其れに於いても、小座椅子の下に布やタオルなどを敷かねばならないであろう。是れとて常識ではないか。
加えて、キャスター付のカバンなどを、畳や廊下で引きずるなども法度である。是れこそも当然であろう。

して、オマエらは、歩行困難な信徒に登山を強要しておきながら、別会場で中継を見せるは無慈悲の極み、などと
唾を飛ばしておるが、歩行困難な信徒に対して登山を強要するとは如何なる事か。つまりは、首根っこに紐を付けて、
嫌がる信徒を無理やり引っ張り出す、という事か。

小鼻笑。なぁ、フェイクよ。まこと、オマエの根性はフェイク其のものであるよな。呆哀。
いや、誤魔化フェイクどころか、是れこそは痴人の狂言としか云えぬものとなろう。呆哀。

尚、客殿の法要に参加した、と或る講員は、次のように述べられている。

『客殿の法要では、車椅子の老人が、法要が始まる前のモニターを見ながら泣いていらっしゃいました。
なんとか2階の会場にご案内した後も、ずっと泣いていらっしゃいました。30年ぶりの御登山だったと後で伺い、
私たちも胸がいっぱいになりました』と。

無論、実名がそこには記(しる)されているが、此に於いては控える事にしよう。

よいかフェイクよ。

オマエらが作成する出鱈目(デタラメ)文などは、この一講員の体験談によって、すべて吹き飛んでしまうのである。

ったく、オマエらの根性は、彼の墨平三郎と同じである!

>車イスを貸し出すのが親切心ではないというのは平成六年五月二十三日、
>日顕が椅子に座っていた人に対して言った暴言に本心が表れていたからである。

鼻笑。さて愈々(いよいよ)か。哀笑。

>当時の宗内情報によると、日顕は「おはようございます」と挨拶した後、怖い顔で会場の後方を睨みつけて
>「後ろの方で椅子に座っている人、広宣流布を御祈念する丑寅勤行が乱れるから椅子に座っての参加はやめるように。
>どうしても椅子に掛けなければならない人は明日からの参加を遠慮するように」と冷たく言い放ったとのことだ。
>そこには高齢者と正座に慣れない海外の檀徒もいたようだ。

鼻笑。さても此の文面は、同フェイク、第1474号(発行=15.02.27)のものである。

して今回、

>丑寅勤行後の日顕は怖い形相で会場後方を睨みつけて「後ろの方で椅子に座っている人、広宣流布を御祈念する
>丑寅勤行が乱れるから椅子に座っての参加はやめるように。どうしても椅子に掛けなければならない人は明日からの
>参加を遠慮するように」と冷たく言い放った。

哀笑。殆ど丸写しではないか。嗤。

「当時の宗内情報によると」…。「冷たく言い放ったとのことだ」…。

鼻笑。所詮、宛てに成らん情報よな。

確か、地涌のキタリンは、其の時の参加者は30人であった、と言い、しかも、其の内の約10人が、
正座に耐えられない高齢者であり、其の中には外国の信徒も居たと言っておる。

小笑。はてさて、大客殿630畳の大広間に30人足らずの信徒が居て、しかも其の大広間の後方に約10名の信徒が
椅子に座っていたと言う。果たして、其の様な状況で勤行唱題が揃うのか。いや、揃うも何も、である。
当方が耳にしておるのは、それら椅子に座っていた一信徒が、伏拝に事寄せて、居眠りをしていたと言う。
今更言うまでも無いが、大客殿(現客殿)に於いては、猊下の礼盤(大導師席)は、御宝前の正面ではなく、東面に対する
御席であるから、2、30人の信徒の様子などは一目として判るのである。

つまり、心地よい椅子に座って居眠りされるなら、明日からの丑寅勤行は遠慮された方がよろしい、という意である。
猊下ならずも、そういう姿を目にしたならば、同志として一言注意申し上げるが、当然の姿勢ではないか。

「後ろの方、椅子に座っている方…(つまりは、あなたの事)、椅子に座って居眠りをする様なら、広宣流布を御祈念
する丑寅勤行が乱れるので、以後、椅子に座っての参加は止めるように。其れでも尚、椅子に掛けなければならない、
という御方は、明日からは御遠慮頂きたい」

つまりは、そういう事である。

尚、地涌のキタリンは、此の捻じ曲げた発言内容をして「趣意」などと誤魔化しておる。哀笑。

>無慈悲な対応に怒り
>かつて、信善寺(新潟県三条市)の講員だったMさんは次のように証言したことがある。
>「足の調子が悪くて車イスで登山したが、車イスでは客殿に入ることを許されず、
>宿坊で中継のテレビを見せられた。
>あれほど『登山しろ、供養しろ』と言いながら、供養を取るだけ取って、こんな酷い、
>冷たい扱いをするのが宗門です」

本より、車椅子の儘、客殿の大広間(畳上)に入る事など出来よう筈も無いし、車椅子で登山する信徒は、
予(あらかじ)め、其れらの制約は講中に於いて周知される筈である。
其れよりも何よりも『足の調子が悪いから車椅子で登山して、其の儘、客殿に入ろうとしたが許されず、
結句は宿坊で中継を見せられた。ったく、こんな酷い仕打ちがあるものか!』などと、自らの我儘を顧みず、
不平不満をぶちまける講員こそ、応に身体障害ならぬ信心障害の其れである、という事を、此に熟知すべきである。

>イスに座る人がいては、祈念が乱れるというのなら、御開扉はどうなるのか?
>奉安堂では参拝者全員がイスに座っているではないか。日顕の言い分からすると、御開扉での
>導師の坊主は〝ご祈念が乱れている〟ことになる。

哀笑。だから莫迦フェイクよ。其れは違うのである。

椅子に座っている人が居て祈念が乱れるのではなく、椅子に座って居眠りをする人が居るから、
祈念が乱れる、つまりは、そこに参加している意義が初手からして崩れる、という事である。

哀笑。其れを『イスに座る人がいては、祈念が乱れるというのなら、御開扉はどうなるのか?』などと、
馬鹿な事を言っておる。呆笑。ったく、ガキみたいな事を言うものではないぞ。なぁ、宿坊よ。哀哀笑。

>この日顕自身も最近は足腰が弱って車イスを使っていると噂されている。

御年九十五。

しかし、今もって御健勝で在らせられる。

無論、御高齢であるから、足腰も弱まろう。

だが、池田太作の様に雲隠れなどしておらんぞ。堂々、其の御姿を我ら信徒にお見せになる。
否、今にして御説法も為される事であろう。それに引き替え、池田はどうであるのか。
其れこそ、車椅子どころではないだろう。聞くところによれば、寝たきりのオシメ状態であるという。
何、違うとな。ならば、其の健勝なる姿を、御隠尊猊下の如く、信徒会員の前に其の姿を披瀝せよ!!

果たして其れが出来るのか! 出来まいて!!

ったく、そんなオマエらが、

>日顕自身も最近は足腰が弱って車イスを使っていると噂されている。

などと。呆笑。

鉄面皮もいい加減に致せよ。なぁ、莫迦宿坊の馬鹿フェイクよ。哀哀笑。

>春季総登山は毎年、三万人の結集を目標にしているが、一度も達成できていない。病人や歩行困難な
>高齢者、身障者を登山させるため車イスを貸し出すと言う宗門だが、この甘言に騙されて登山しても
>無慈悲で冷たい扱いを受けるだけだ。

呆笑。

今一度言おうか。

オマエらの目ん玉が捻じれておるから、其の様にしか見えないのである。

尚、総本山に於いては、車椅子用のスロープの出入口を用意し、又、車椅子の信徒、そして高齢者の信徒の為に
各宿坊を改修し、加えて、塔中参道に於いては石畳の凸凹を平面に慣らして、石段の端にもスロープを設け、更には
側溝の傾斜部には蓋をするなどして、車椅子での移動や高齢者の足元に対して、細心なる工夫をされているのである。

いや、それよりも何よりも、日夜、介助の任務者が汗を流し、延いては、御僧侶自らも車椅子を引いて、其れら信徒の
移動を助けるのである。ったく、其れをして言うならば、創価の副会長が、壮年部長が、参加者の車椅子を手に引いて、
其の入場を助ける事など、当方、今まで見た事も聞いた事も無いわい! そーであろう。外れ創価の莫迦宿坊の者共よ!

されば此に、オマエら莫迦宿坊・馬鹿フェイクの悪辣なる性根こそを、下記の一例を以って直に示そう。

時は平成二年、正月の午前二時三十分。大客殿に出仕太鼓が鳴り響き、日顕上人が大客殿にお出ましになり、
丑寅勤行が厳(おごそ)かに始まった。

して其の時、大客殿を見回っていた一夜番の御僧侶(夜間警備の御僧侶)が、別の堂宇に移動しようとしたのであるが、
何やら其の物陰に多数の人影を見たのである。数えてみれば、二十人は超えている。はてさて近づいて見たならば、
なんと、其れらは皆学会員であり、訊けば地方からの登山であるという。

時は冬。富士の裾野を吹き通す寒風が、深夜の暗がりと共に、それら学会員の人溜まりを襲う。
しかし、地方から登山した学会員たちは、其の寒風にも耐えながら、大客殿から漏れ聞こえる読経に耳を馳せ、
勤行をしていたのである。

いや、待てよ。

一夜番の御僧侶は、即座に思った。

丑寅勤行は自由に参加出来る筈ではなかったか。

其れなのに、何故、この学会員たちは、大客殿の外で拝んでいるのか。

さては、大客殿が満員となったのか。

一夜番の御僧侶は、そんな学会員たちを押しとどめ、反す足で、大客殿に戻った。

見れば三百人程が参詣している。

なんだ。まだ収容出来るではないか。

一夜番の御僧侶は、早速、創価班の担当者に連絡を取った。

丑寅勤行に参加出来る事を知らない学会員が居るようですが、と。

すると、こんな返事が返って来た。

彼らは、フリー登山の学会員だと思うので、丑寅勤行への参詣は申し込んでいないのでしょう、と。

其れを受けて御僧侶が言う。

いや、丑寅勤行は、日蓮正宗の御信徒であれば、どなたでも自由に御参詣出来るのですよ、と。

すると、こんな返事が返って来た。

詳しい事は判らないので、 その件については責任者に伝えてます、と。

それから、何の知らせもないままに、時間だけが過ぎていった。

とは言うも、自身の勝手な判断で、外にいる学会員たちを大広間に招き入れることも出来ない。
そうこうしている内に、丑寅勤行は終わってしまった。

そして夜が明けた。

一夜番の御僧侶は、早速に、其の事を上師に報告した、そして、その報告は更に上へと伝わって、
遂には、御当代日顕上人の御耳に入る事となった。

その後、数日経ってから、彼の一件は、学会独自のルールによって、丑寅勤行の参加人数を予め決めていた、
との返事が返って来た。

本より、一夜番の御僧侶は、学会が丑寅勤行の参詣人数を事前に調整していたとは、初手から知る由もなかった。

それから暫くして、日顕上人と池田名誉会長が面談した。その際、日顕上人から池田名誉会長に対して、
『丑寅勤行の参加について、宿泊している学会員の何パーセントという様な制限をするのではなく、参加を希望する
学会員さんには、自由に出させてあげたらどうですか? そのかわり、参加したい人がいなければ、学会員さんの参詣が
ゼロでも構いません』と話された。

うむ。

実(げ)に其れこそ 「深夜極寒の中で、立ったまま大客殿の外から丑寅勤行に参加するなど、気の毒で仕方がない」という、
其れら学会員の純粋なる信心を尊く思われた日顕上人の御言葉であったろうと思う。

ところがどうか。

果たして、この日顕上人の学会員に対する思いやりが、学会内部に於いて、どのように伝わったか。

以下はこうである。

池田先生が日顕上人に呼び出され、

『丑寅勤行に参加する学会員が少ない! もっと増やせ!』と猊下から怒鳴られた、と。

呆哀哀。なぁ、フェイクよ。そして莫迦なる宿坊たちよ。

実に上記のすり替えこそ、オマエらの真骨頂であろうが!

デマも百回書けば本当になる。

応に是れこそが、オマエら馬鹿フェイクの正体なのである!

そんな卑劣なオマエらが、今後、痴文書フェイクを何万号貼り付けようとも、

当室の一、二回の呵責によって、其の全てが木っ端微塵と成るのである!

痴文書フェイク。そして、其の痴文に群がる痴人謀人の浅ましき根性よ。

実(げ)にオマエらの痴態こそ、鵺・蝙蝠(こうもり)の其れであり、
其の破廉恥なる質(すがた)こそは、蛮人・破鏡獣の百倍である!!

云く、

『身延山といえば、日蓮大聖人を末法の御本仏と仰がずに「日蓮大菩薩」と称しており、また
「板本尊偽作論」を唱えて大御本尊を否定し、更に、御本尊を店先にぶら下げ、御守本尊を
カードにして販売している謗法の山である』と。【フェイク 第1406号】

オマエらは先ず以って、此のフェイクの記事を総括せよ!

さても、是れに依るならば、宿坊もイタチも宮田もキンパラも、皆々、謗法人の仲間入りと成る!

其れで間違いないか! それとも何か! このフェイクの記事こそがフェイクであると申すか!!

ならば、そんな痴文など、以後、貼り付けるものではない!

よいか! まことの道理とは、其の事をして言うのである!

莫迦宿坊の馬鹿フェイク…。

最早、付ける薬などは無い。

唯々、叱責あるのみである!
 
》記事一覧表示

新着順:14/8104 《前のページ | 次のページ》
/8104