新着順:79/8140 記事一覧表示 | 《前のページ | 次のページ》

愚人へ

 投稿者:管理人  投稿日:2018年 1月16日(火)18時38分57秒 i223-218-151-119.s42.a014.ap.plala.or.jp
  通報 返信・引用 編集済
  はて観れば、返答が無いようであるが、別に焦る事はない。

此の度の対論に於いて、別に毎日投稿せよ、と決めているものではない。

そーこーしている内に、当方の仕事も週末に近づいて忙しくなりそうである。

因みに本日は早朝に帰宅し、四時間程の睡眠を取って、又しても先方にて営業。

こういう日が週にランダムに現れて、其れこそ、飯も食わねばなら無しい、睡眠も取らにゃならないし、
其れこそは、勤行唱題もしっかりとせにゃならないし、最早、目ん玉がクルクル回って眩暈を起こす。

して、そんな忙(せわ)しない奴が、目の前にあるパソコンに電源を入れ、机の上に片肘を付きながら、
自身の掲示板に目を通す。

まぁ、そんな日々はである。鼻笑。

さて又、後二時間もすれば、本日も仕事となる。

今から風呂となれば、詳細なコメントも書けまい。

尚、今後の堀の埋め立て作業は、以下の文言が対象となる。


・曼荼羅本尊は釈迦如来の一身の当体。
・末法の凡夫僧は釈迦初来。
・末法凡身の釈迦如来は曼荼羅本尊の中に居る。
・凡夫僧の釈迦如来とは、本仏に即した凡夫僧。
・日蓮聖人は付嘱に順じて(曼荼羅本尊)書き顕しただけ。
・一切衆生は妙法蓮華経にして仏であるから日蓮聖人も私も仏。(違いは六即の位)
・釈迦如来から順じて付属された曼荼羅本尊が釈迦如来の一身の当体。
・弥四郎国重法華講衆等は日蓮聖人に戒壇建立を願いでた。

追記。

>五百塵点劫の当初に即座開悟した釈迦如来が、根本の法華経の行者であることが理解でなければ駄目です。
>日蓮聖人の法門を理解することなど無理です。一度、大石寺の法門を棄ててみなさい。

鼻笑。五百塵点劫の当初に即座開悟した釈迦如来が、お主の云う、末法凡身の釈迦如来にして、其の当体こそが
曼荼羅御本尊であると。

哀笑。まぁよい。

さても、向門でもない、隆門でもない、陣門でもない、什門でもない、爾して、創価でもなければ、正信会でもない。
果たして、そんな自称法華講員が、法華講員の当方に対して「 一度、大石寺の法門を棄ててみなさい」などと言う。

呆哀哀。さてもお主はキマイラか。哀笑。

いやはや、大石寺の法門を棄てよ、という法華講員が、此の世に居ようとは。哀哀哀。

呆怒。

ならばお主こそ、法華講から脱講せよ!!

さても、お主のような腐り切った身中の蝗蟲が講中に寄生しているなど、虫唾を越して反吐(へど)が出るわい!

よいか! 講員に対して大石寺を棄てよ、とう豪語するならば、先ずはお主こそが講員をやめるべきである!

そうであろうが! ったく、道理の解らぬ奴め!

呆哀。世迷言もいい加減に致せよ。

尚、先にも申したが、当方は週末から忙しくなる。

仍って、投稿の掲載も遅れようが、其れについては、しっかと順次掲載し、論点の整足も含めて、
論比の成り往きを掲示して往きたい。又、是れこそが管理人の責務であると思う。
 
》記事一覧表示

新着順:79/8140 《前のページ | 次のページ》
/8140