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愚人殿

 投稿者:管理人  投稿日:2018年 1月12日(金)15時21分40秒 i223-218-151-119.s42.a014.ap.plala.or.jp
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  『日蓮本仏義』のやり取りについては、其の後と言っているでしょう。

今は、在家・弥四郎国重法華講衆が、日蓮大聖人に敬白して、弘安二年の大御本尊を図顕し建立した、という
貴殿の妄言に対して、其の詰問を起こしている処です。

そして、其の対論に付随して、貴殿の立ち位置というものを、今一度確認すべく、貴殿の信条たるものを、此に
問うているのです。

して、その答えが、

>法華講員でも個の意見を投稿するのは自由であると、私は考えている。

とは何ですか。

さても、法華講衆の一員が、個人の自由であるから、日蓮と呼ぼうとも、日寛と呼ぼうとも、いやいや、
其れこそは、大御本尊は在家信者が造ったものだと言おうとも、個人の意見であるから構わない、と。

よろしいか、愚人殿。

そーゆー姿勢を仏法からして謗法違背というのです。

だから当方は、そーゆー貴殿の日蓮正宗に対する執拗な違背心に対し、ならば一体、日蓮宗のどの門流教義が
貴殿にとって正義正統であるのか、と問うているのです。

よろしいですか。本仏義は其の後の事です。

では今一度問います。

一、法華講員でありながら、宗門根義に唾し、違背する、其の本意は何か。

二、して、其れらの思動を発(お)こしめる、教判の基とは何か。

三、して、其の教判の基からして、向門・像門・隆門・陣門・真門・講門・什門等の門流の何れが正義正統であるのか。

此の三問についてお答え頂きたい。

そして、其の後に於いて、当方からの詰問。

所謂、

>衆生が願ったのは仏様の出世であり、法華経を説いてもらうことではない。

という貴殿のセリフに対する、

①ならば、其の衆生たる弥四郎国重は、何を願って『願主』と成ったのか。(然るに本尊は法華経の要ではないのか)

②加えて、寿量品の『世尊、唯願わくは之を説き給へ』の「之」とは一体何か。

③されば、『仏を見たてまつらざれども法華にて得道するなり』との文は、如何なる事か。

との三詰について、お答えを頂戴したい。

とまれ、貴殿が言っている事は、信者が作成した板本尊を、日蓮大聖人の大本懐と詐(いつわ)り、日寛上人が文段にて
仰せの『就中弘安二年の本門戒壇の御本尊は、究竟中の究竟、本懐中の本懐なり』という教示こそ、応に信徒を欺く謀言
であり、さもなくば、当人の無知が生(な)せる虚文である、と言っているに等しいものであります。

本より、弥四郎国重を首(はじめ)とする在家法華講衆が、弘安期の曼荼羅相貌を踏襲し図顕し彫刻し、以って其の首題
直下に、日蓮大聖人の花押を大書刻印するなど、どんな少脳を以ってしても、理在と成るものではありません。

さてさて、丁寧語は此処(ここ)迄となりましょうか。

いや、其れがなるか、ならぬかは、貴殿からの御返答によります。

それではよろしく。
 
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