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六條本圀寺を破す

 投稿者:管理人  投稿日:2016年11月29日(火)13時48分9秒 i60-41-187-27.s42.a014.ap.plala.or.jp
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  昨今、見渡すに、我ら正統・富士門流に対して疑難中傷する徒輩らに於いては、自らが所属する門流に
ついて、正々堂々、其の正義の完璧を主張する者皆無にして一人も居らず、但、我ら宗義の相伝を疑々し、
文句し、小脇に抱えた古文書をまさぐっては、裏付けがどうの、証拠がどうの、と騒ぎ立てるのである。鼻笑。
ならば一体、お前らが身を置く門流の何処が、絶対唯一のものであるのか。
其れこそ、お前らが小脇に抱える古本を以って、自身門流の絶対正義を此に宣言すべきである!

見るにお前らの所業は、己(おのれ)の邪臭に蓋をして、我ら興門正統の小荒を捜さんとする、まこと
浅ましい根性であって、其の醜態の奥には、自らが持ち得ない、宗義の統一性に対する妬みと、其の
一貫性に対する劣等感が渦巻いているのである。そして其の性根は、小荒探しによる反抗反発の憤念
となって、文献収集という熱病に憑りつかれて往くのである。鼻笑。何とも哀れな姿であるよな。

さて、其の一件を挙げて見れば、我が富士大石寺に御格護さる、本門戒壇の大御本尊をして偽作後作と
侮言する者の中に、一致派六條門流・京都本圀寺の信徒が紛れ込んでいるのである。

さて、一致派六條門流とは何か。して、其の本圀寺四代・妙竜院日静とは何者なのか。

其れこそ、毎々、重箱の小荒を突かれる我らからして、其れら六條門流の正体を、此に知らしめたい
と思うものである。

言うまでも無い。一致派六條門流とは、摩訶一日印の弟子・日静が開いた門流であり、本圀寺とは、
其の日静が京都六條に移建した寺院である。

本より、本迹一致派の言い分は、玄義に於ける『本迹異なりと雖(いえど)も不思議一なり』という釈
を基とするものであり、其れこそは、借用の取捨と勝劣の判釈を、同一の見解として混同するもので
あり、其の混義は『本迹の相違は水火・天地の違目なり。例せば爾前と法華経との違目よりも猶相違
あり。(中略) 而るを本迹を混合すれば水火を弁へざる者なり』(新編 1236 真蹟)という、日蓮大聖人の
勝劣義に違背せんとする邪義である。

仍って、一致派六條門流の徒輩らが、其れら邪義を覆し、上記、日蓮大聖人が御教示されるところの
本迹勝劣義について、其の正答を顕記できない以上は、我ら興門正統の相伝書たる本因妙抄の一節、
『今日熟脱の本迹二門を迹と為し、久遠名字の妙法を本と為す』との大義に対して、指一本も触れる
資格などは有しないのである。此の言っている意味、解かるよな。哀。

して、其の六條門流の日静は、京都本圀寺を日伝に、越後本成寺(摩訶一開基)を日陣に与えたのであるが、
本圀寺の日伝は、本迹一致の立場から、法弟日陣(勝劣派陣門流派祖)と対抗するのである。

ならば六條の邪徒よ。先ずは、我ら富士門の宗義に対して吠える前に、お主ら本圀寺に徹底反抗した
越後本成寺派の邪義こそを、日静の教義からして此に顕示すべきでないか! そういう足下の腐臭を
片づける事なく、我ら七百年来の伝法に対して疑々するなどは、其れこそ身の程知らずの莫迦者が為す
恥行である!

先ずは、其の事を肝に銘じなさい。よろしいか。

して、現在の本圀寺(圀の字は、水戸光圀公の由来による)などは、身延一致派日蓮宗の大本山と成り、
日向門流の足下にひれ伏しているが(ひれ伏していない、と言うのであれば、身延の邪義を破折せよ!)
果たして、其れが本圀寺開基・摩訶一日印の本意であるのか。先ずは其の事を証明すべきであろう。

果たして何故、摩訶一の末裔が身延日向門流の足下に甘んじておるのか。

よいか。そういう事をしっかりと明記して始めて、我ら興門正統に対してモノが言える、というもの
である。其の事を能く能く覚えておきなさい。果たして、派祖の訓戒を厳守し給う寺門であるのか、
そして、現在はどうなっておるのか。其れこそ、先代本圀寺貫首を指して『聖人』と尊称するならば、
其れら『聖人』に対する違背は、須らく宗義の破壊を意味するものではないか。よいか。お前ら六條
門流の者らは、そういう宗義の統一性に対する姿勢を持って初めて、摩訶一の本意に沿うものと領解
しなければならないのである。して、其れが何故に身延派なのであるか。哀

ったく、ふざけるものではない。

尚、現在の本圀寺などは、燕尾帽子(もうす)を被ったオレンジ袈裟の『大和尚』が、座布団を被った
紫袈裟の日蓮大菩薩坐像を先頭に、一塔両尊四士、其の他諸々の置物を陳列して拝んでいる様であるが、
果たして其れが、日蓮大聖人の御遺訓にして、摩訶一の遺誡に即しておるのか。して其れらの陳列が、
足下に伏している日向門流の本尊陳列と、どこがどう違って、どこに優劣があるのか。して、そこに優劣が
無いとなれば、何故お前らは、六條門流を未だに名乗っておるのか。そういう事をはっきりしなければ、
大石寺がどーの、戒壇の大御本尊がどーのと、其れこそ、お前らの滅裂本尊義からして何百倍も統一性の有る
我ら富士門に対して、文句のこれっぽっちも言える資格など無いのである!

尚、本圀寺の分寺、本満寺などは、今では十界曼荼羅を本尊とし、其の本満寺八世日乾などは、其れら
十界曼荼羅を本尊(根本尊崇)としない身延山久遠寺に晋山し、日蓮宗僧侶が邪宗信徒から布施を受けても良いと
する所謂「受派」の先鋒となり、本圀寺日伝已来の軟派教義を、其れこそ日向身延の軟義に組み重ねた張本人
なのである。

兎も角、お前らがやっている事は、複合教義・門派混同・本尊形式滅裂の、所謂、雑乱教学の醜態であり、
又、だからこそ、あれやこれやと、末寺修徒などが、自分勝手な教説を作り上げて、文献莫迦よろしく、
想像や妄想を捻(ひね)くり回して、得意然とするのである。哀。

よいか!

先ず以って、あの大和尚の帽子を何とかしなさい!
そして、大聖人の人形が被っている座布団を何とかしなさい! (被る文証を出しなさい!)
そして、大聖人と大菩薩。そして日朗菩薩と摩訶一聖人、そしてお前らの大和尚と聖人との違目を、
しっかと答えてみなさい! 果たして伝師の資・日尚聖人とは何ぞ! 圓師の資・日澄聖人とは何ぞ!
而して、伊藤日瑞上人とは何ぞ!! 日圓大和尚とは一体何ぞ!!

さても、本圀寺と云えば、織豊時代の永禄十二年(1569)、三好三人衆らが、将軍足利義昭を襲撃した、
所謂、殺人未遂現場の寺院でもある! しかも遡(さかのぼ)れば、本圀寺などは彼の天文法華の乱に
於いて灰燼と帰した寺院ではないか! 果たして、そういう物騒にしていい加減な寺院の檀信徒ずれが、
我が正統・富士門流の小荒探しをする、其の性根の腐り様よ!

お前らは先ずもって、其の体たらくを恥じなさい! そして、現今、日蓮正宗末寺のすべてに於いて、
御法主上人御書写御本尊による、其の統一性の大義に対し、お前らが露呈する本尊雑乱と教義混濁と
勝手教学の体たらくについて、先ずは赤面し、そして悔悟し、其れら邪宗形態から脱皮せる小蟲に先ずは
成って、それから我ら多宝富士大日蓮華山大石寺の甚深なる相伝教義に文句すべきである!

よろしいか!

日向身延の足下にひれ伏している様では、法華のほの字も語る資格などはないのである!!
 
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