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古文読解力が皆無で道理がわからない頭破れた創価学会坊やくん

 投稿者:通りすがりの法華講員  投稿日:2016年11月 8日(火)13時34分25秒 pw126254204065.8.panda-world.ne.jp
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  何度も同じ事を書かすな。

日道上人様も日時上人様も
本門戒壇の大御本尊様の讃文に「仏滅後二千二百三十余年が間、一閻浮提の内、未曾有の大曼荼羅なり」と記されているなど書いていません。勝手に妄想しないように。

君は本当に素直じゃないな。
だいたい、讃文の意味すら理解できてないだろ。各家庭の御本尊様に記された讃文は、「各家庭の御本尊様への讃文」だと理解できていますか?

また、「三師御伝土代」については
「脇士なき一体の仏を本尊と崇るは謗法の事」
にて
「仏滅後二千二百三十余年が間、一閻浮提の内、未曾有の大曼荼羅なりと図し給ふ御本尊に背く意は罪を無間に開く云云」
と仰るのは、日興上人だと理解していますか?

本門戒壇の大本尊様の讃文は「仏滅後二千二百二十余年」と記されていると伝えられています。
だからこそ、日興上人は、日興上人以降の御法主上人猊下が戒壇様の御内証を書写される御本尊の讃文を「仏滅後二千二百三十余年が間、一閻浮提の内、未曾有の大曼荼羅なり」だと仰っているのだよ。
後に続く「『本尊の階級』に迷う、全く末法の導師に非るかな」を理解できていますか?

「仏滅後二千二百余年」でも「仏滅後二千二百十余年」でもなく、『戒壇様御建立以後』の「仏滅後二千二百三十余年」と仰っているのです。

つまり、戒壇様の讃文が「仏滅後二千二百二十余年」だからこそ、日興上人以後の書写御本尊の讃文は「仏滅後二千二百三十余年」になるのです。「本尊の階級」が違うのだから、讃文が違っていて当たり前な訳。

「未曾有の大曼荼羅也」とは、家庭の御本尊様も本門戒壇の大御本尊様と血脈が通う本門の本尊つまり大聖人様であるわけ。

わかりましたか?
素直に読めば誰にでもわかる話です。

讃文とは、各御本尊様に対してのものです。
戒壇様には戒壇様の、他の御本尊様にはそれぞれ他の御本尊様への讃文があります。
時の御法主上人猊下様が書写された御本尊様が戒壇様以後だとわかること、階級が違うことがわかればいいのです。

もうニ度と、戒壇様の讃文と戒壇様御書写御本尊様の讃文が違うから「戒壇様は後世の創作だ」などと低次元な難癖はやめなさい。
 
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