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返答

 投稿者:法介  投稿日:2016年 9月26日(月)01時21分48秒 p1139105-ipngn200808fukuokachu.fukuoka.ocn.ne.jp
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  妙介さんへ

郵便届くの楽しみにしてます^^

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友人と喧嘩別れしたランナーは家に帰って勤行をはじめます。最初は腐った水を放置しておいた友人に対する怒りで一杯でしたが、唱題していくなかで御本尊様の仏界の境地に感応し、怒りも静まり空の真理を得る (空の義で読む十如是) ことで、「物事には実体はない、友人の方に問題があるのではない。」と己の心と向き合う姿勢が出来ます。

そして、腐った水に気づかなかった自身のふがいなさを反省し「明日、友人に謝りに行こう!」という一つの悟り (中の義で読む十如是) を得て、友人との仲は修復されました。
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(中の義で読む十如是)=  (ご本尊様と境智冥合)





愚人さんへ

ほう。ほう。「前世を語る子供たち」の話は知っていますが、「中間生」なる言葉は始めて耳にする言葉で大変興味あります。

3年程まえでしたか、アメリカのどこぞの研究者が死後の世界があるという研究の結果を学会で発表されたニュースがありましたが、

もしかしてその本がそれかな?

これは、私の勝手な考えですが、

人間生きている間は自身の五陰世間が存在しますので自身の肉体がベースとなって様々な外界の情報を感じ取って生きています。

しかし、死後も意識が存在するのであるのならば、その意識はいったい何をもって意識として存在しているのかと、考えた時


例えば

病院で死にかけて助かった人の話なんかでよく聞く話が

「肉体から自身が抜け出して手術台で手当てを受けている自分の姿を客観的に見た」といった話です。

これ私が思うに、

その場にいた自分以外の意識(五陰)を感じ取ったのでは、ということです。

解りますかね、言ってる意味。

   自身の五陰が機能停止→そばにいた他人(看護師とか)の五陰を共有した

だって死後も意識が存在するということは、なにかしらの情報をキャッチするベースがないと意識の変化はおきません。

自殺した人が自縛霊となって苦しみ続けるとか言いますが、自分の五陰が消滅するわけですので、

苦しみの状態のまま、意識が変化出来ないままに苦しみ続けると言う事になる。

では、死んだ人は何を持って意識として存在しているのかと考えるに、

生きていた頃、もっとも執着が深い(愛着かな)人物の五陰を共有(ずっとなのか、時としてなのか)して存在しているのではないかと思ったりします。


家族が先祖の事を追善供養する行為ってそうゆうことなのかなって


         御宝前に母の骨を安置し、五体を地に投げ、合掌して両眼を開き、尊容を拝し、歓喜身に余り、
              心の苦しみ忽ち息む。 我が頭は父母の頭、我が足は父母の足、
              我が十指は父母の十指、我が口は父母の口なり、

                                                         忘持経事


ほんほこ狸様

>青年部のスパイ活動に従事して居りました私でありましたが

気になるお言葉^^


大爆笑さんへ

>池田が、法華経の敵でなかったら
>法華経の敵なんてどこにもいないよ

池田さんが説く「邪義」(外道義)でしょう


 
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