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法介氏

 投稿者:愚人  投稿日:2016年 9月25日(日)14時25分10秒 softbank126094242064.bbtec.net
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   御法主日顕上人猊下御説法

  十如是事(2)

 「其の故は百界と云ふは仮諦なり」。この百界の「界」ということは区切りを意味し、それぞれの果報によって世界が異なるということです。例えば魚は水の世界の生物であり、陸へ揚げれば死んでしまいます。そこに一つの境があり、区切りがあります。また、人間が水のなかへ入れば死んでしまいます。このようにそれぞれの果報によっての界が存するのですが、この十界、百界は差別の世界であり、因縁和合の姿でありますから仮諦ということになるのです。(中略)このように大小、善悪、すべてに徹底した差別が存するのです。この姿が仮諦であるとおっしゃっているのです。
 「千如と云ふは空諦なり」というのは、「如」に不異、つまり異ならざるという意味があるからです。すなわち、事々物々の一切に共通しておる実相実体の意義がある故に空諦であります。
 「三千と云ふは中諦なり」というのは、仮諦である百界と空諦である千如を兼ね具え、さらに五陰世間・衆生世間・国土世間の三世間を具えておりますから、円満な一念のなかに具わる実相を示しておるが故に中道であるということであります。このところは実に難しいところですが、この三千が一切を含み、通じているが故に中諦であると御理解いただきたいと思います。(大日蓮平成五年五月号55・56頁)
 
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