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非講員殿

 投稿者:管理人  投稿日:2009年 3月20日(金)23時14分56秒 180.net219117089.t-com.ne.jp
返信・引用 編集済
  >しかし、あちらの板ではレスがないので仕方なくこちらに投稿
>しています。法華経疑念をどうしても解決したいからです。

レスの多い少ない、との理由で、投稿先の主意を無視してまで
投稿を繰り返す行為は、やはり投稿者の姿勢として問題ではあ
りませんか。

「仕方がない」の次元ではないでしょう。

尚、御貴殿の様な法華経に対する疑念については、小生が過日、
富士門信徒の立場に於いて『大乗非仏説論を破す』と題して、
諸宗法論館に投稿しましたが、ここに再度、転記致しますので
お読み下さい。

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大乗非仏説論を破す

さて、仏教そのものを非難する説として、又は原始仏教信奉者
の自論として、古来、小乗経典のみが釈尊の本当の説法であり、
法華経などの大乗経典は釈迦滅後、四、五百年頃より、誰かに
よって作り出されたものである、という、所謂「大乗非仏説論」
というものがある。

つまり、法華経を含めて、大乗仏教経典は、釈尊が説いたもの
ではなく、後世、仏教の歴史的発展の中で成立した『創作文』
であるとする「大乗非仏説論」が懐疑論者及び文献主義者の間
で、今尚持てはやされている。

果たして、法華経が釈尊の説いた教えであるかどうかは、小生
自身、釈尊在世の其の場に居合わせて確認した訳ではないから
知る由もない。したがって其の事実を提示する事も出来ない。
否、其の事を事実として証明出来る者など、此の世界にはいな
いであろう。

但、もし百歩譲って、仮に法華経が釈尊の説いた教えでないと
しても、其の法華経に説かれている内容からして、其の教義的
価値は、些かも劣るものではない、という事である。

譬えて云えば、紫式部の源氏物語が、後世、紫式部の創作でな
いと判明したとしても、其の源氏物語の文学的価値は、些かも
変わらない、という事である。

寧ろ、其の源氏物語が紫式部の創作でないとしたら、其の価値
を失うのは他ならぬ紫式部なのである。

つまり、源氏物語(法華経)を創作していなかった紫式部(釈尊)
の文筆者(覚者)としての評価(存在)が下がると云う事である。

日蓮大聖人曰く『さればこの法華経は一切の諸仏の眼目、教主
釈尊の本師なり』と。

まさしく上記御文の意こそは、法華経の内容こそが釈尊からし
て本師なのであり、又、其の法華経が在るからこそ、教主釈尊
としての存在が有意義となるのである。

其の深意は正しく『法貴きが故に人尊し』という理である。

つまり、もし其れらの経が仮令、後世の文書であっても、其の
内容と真意が、仏の教説に沿うものであったならば、又、仏の
教説の元意を探ったものであるならば、其の後世の文書は決し
て非仏説論者や創価学会員が嫌うような「後加の創作」として
一蹴されるものではなく、其れこそは正しく仏の教説を記した
聖文であると、我等は心得る可きなのである。

仍って、後世の文書だから排除する、なとどいう考えは、思想・
口伝・文記の伝承の真意そのものを否定する、全く短見にして
稚拙な発想である事を、大乗非仏説論者は自認すべきであると、
小生は此に断言するものである。

日蓮大聖人曰く『末法の始めの五百年に、法華経の題目を離れ
て成仏ありと云ふ人は、仏説なりとも用ゆべからず』と。

今時末法に於いて、南無妙法蓮華経を唱えなくとも成仏する、
という者が居て、そして其れが釈尊の教えであったとしても、
其れを用いてはならない、と。

まさに此の日蓮大聖人の御教示こそが、我ら富士大石寺信徒の
信条であって、端的に云えば、大乗経典が釈尊の説いた教えで
あるか否かという論議自体が、我等富士門信徒にとっては最早
重要な問題ではない、言う事なのである。

日蓮大聖人曰く『今末法に入りぬれば余経も法華経も詮なし、
但南無妙法蓮華経なるべし』と。

まぁ、単なる勉学・考証の域で論じ合うは結構ではあるが、

当に『智に依って識に依らざれ』。

この姿勢こそが、仏教を学する者として、大切な心得となろう。
*********************************************************

非講員殿。

お解りであろうか。これが日蓮大聖人を末法の御本仏と仰ぐ、
我ら富士門信徒の見解であります。

果たして、御貴殿の「法華経疑念をどうしても解決したい」と
いう悶々たる思いは、実に我らにではなく、其れこそ日蓮宗と
名乗りながら、法華経文上に固執し、釈迦を今にして御本仏と
仰ぐ日蓮宗ならぬ釈迦宗(身延・顕本等)の掲示板にこそ、其の
思いをぶつけるべきではないか。

非講員殿、よろしいか。

法華経の疑念に拘るなら、釈迦宗の掲示板に文を投じられよ。

これが当板及び当板管理人に於ける最終の答えであります。

尚、以降、御貴殿からの投稿は、当板に於ては受け付けません
ので御了解願います。
 

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