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こんにちは

 投稿者:非講員  投稿日:2009年 3月20日(金)12時12分30秒 137.118.150.220.ap.yournet.ne.jp
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  ヒロサトルさん、はじめましてどうか宜しく
お願い申し上げます。

>久遠実成の釈尊は、根本的に迹仏であり、末法の今日に於いては民衆を救済する功力はございません。
しかし法華経本門=「法華経如来寿量品」に説かれる文底深秘の、御本仏日蓮大聖人様の【南無妙法蓮華経】から見るならば、「法華経方便品」にも、「法華経如来寿量品」を助ける、立派な役割がある。と、云う事です。

ご説明、ありがとうございます。
さて、私が調べ得た末法思想でございますが、
元々インドにおいて、像法の危機は釈尊入滅に際し、
老いた沙門が、これで大師よりこと細かに規制されないで
済む、と漏らした一言で長老マハーカーシャパは法の乱れを
危惧し、第一次結集の必要を考えたことが像法観の契機と
考えられているようで、当時のインドでは元々末法という
概念は存在しなかったようでございます。
末法思想展開の契機となったのは、中国の文献である慧思の
「南岳思禅師立誓願文」が最古といわれております。
その時期を同じくして、インドの法滅尽思想を集大成した
「大集経」が漢訳されており、那連提耶舎により五堅固説が
発展し、また隋代当時の北周武帝による廃仏毀釈がその末法
意識をより切実な危機感を生じさせたゆえに、信行が釈迦入滅
後の仏教を三階に分け、末法を第三階の時とする三階教を
弘めたと考えられ、言わば末法思想は中国産と考察出来るもの
と、考える次第でございます。
ー参考資料ー
(数江教一『日本の末法思想』小沢富夫『末法と末世の思想』)
 

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