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さて、昨今巷では、元創価学会五代会長、秋谷城永(栄之助)氏が脱会した、と云う噂が頻(しき)りに
聞こえて来るが、果たして、其の真相は定かではない。したがって、此れから記述する事は、すべて
「もし、そうであるならば」と云う前提に立って記するものである。
本より、秋谷城永氏の「城永」とは、恩師戸田先生の御名「城聖」から、其の一文字を戴いたもので
あるが、其の「城」の字をして、秋谷氏は男子部第5部隊長を拝命していた25歳の時から名乗って
いたのであるから、恩師からの期待も大きかったのである。
しかし、平成3年、創価学会が破門されし後、秋谷氏は、池田太作の足下に於て、日蓮正宗に対する
誹謗中傷の先鋒として、其の指揮を担ったのである。
云うまでも無く、妙法の根源たるものは、一組織の破門云々で変節するものではなく、又、其の根源
こそは、日寛上人が仰せの如く、富士大石寺に厳然と在るのであるから、其の法体護持を専務とする、
御歴代上人への誹謗、そして又、其れに連なる御弟子への中傷などは、敵対組織への批判などと云う
範疇を超えて、其れこそは、富士大石寺が奉持せる本門戒壇の大御本尊への違背罵倒となるのであり、
実に其れこそは、日蓮大聖人に対する師敵対となるのである。
本より、其れを思えば、秋谷氏の今日までの謗法行為は、彼の大進房の其れに匹敵するであろうが、
其の本人にして悔悟し、本門戒壇の大御本尊への尊信が、今にして少しでも残っているのであれば、
御宗門は其の時を鑑みて、秋谷氏の入信を受け入れるべきと、小生は恐れながら思うものである。
振り返れば、福島源次郎元副会長、そして、原島元教学部長も、其の紆余曲折の中に於いて、最終、
戒壇の大御本尊への帰命を果たし、下種三宝尊に其の信心を委ねたのであった。そして又、宗門批判
の急先鋒でもあった山崎正友元副理事長も、其の悔悟の念を以って、富士大石寺に帰依したのである。
そして、昨今では、元創価学会総務・中西治雄氏も富士大石寺に帰伏し、応に其の悔悟の念たるは、
本門戒壇の大御本尊に対する尊信が、未だ尽きていなかった、という証しでもある。
真(まこと)に結構な事ではないか。
曰く『小罪なれども懺悔せざれば悪道をまぬがれず、大逆なれども懺悔すれば罪消へぬ』と。
応に現当二世。
仮令(たとえ)、罪の余残があろうとも、其の時を以って秋谷氏の入信を受け入れるが、御宗門として
の最たる御処置ではないか、と、小生重ねて言上するものである。
尚、今にして、首魁・池田太作の病状(脳梗塞)が回復し、其の動作・発音に若干の支障はあるものの、
短時での公務などは可能となったようであるが、本より、先月の御霊宝虫払大法会に御臨席された、
御隠尊日顕上人猊下の御姿を拝する時、現今、病院のベッドに横たわり、動作・言語のリハビリに
専念する、自称・庶民の王者、池田太作の姿をして、其の歴然たる謗法の報いは、今にしてようやく、
我ら衆生の眼前に晒されるのである。
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